第86回「QUICK and DIRTY(むしろ拙速の方が正しいこともある)」

令和元年7月17日

■「QUICK and DIRTY」(完璧じゃなくても早く!)

皆さんも決算や売上の傾向等、色々な数字のことで質問をされたり質問をしたりすることがあるかと思います。例えば、「~についてちょっと調べておいてよ。」と上司にお願いされる事があるかと思いますが、その指示を受けた人の判断が非常に重要になってくると思います。
今回はこのようなケースにおいて、「QUICK and DIRTY」が良いという事ではなく「QUICK and DIRTY」も大切ですよという事をお伝えしたいのです。細かく数字を調べて報告をしなければならない時もあります。ですが、この様な指示を受ける時は「1円たりとも間違えていけない数字を答えて欲しい。」と言っている訳ではない場合が多く、得てして上位職になればなる程、傾向値で返答した方が良い場合もあります。極端に言えば“億単位”でも良いので、早く報告した方が良い場合もあります。それが「QUICK and DIRTY」ということです。
要するに状況に応じて「QUICK and DIRTY」で良いか、細かく正確に出すべきかについては、指示を受けた人の判断力が重要という事です。
例えば「儲かっているか儲かっていないか」という非常に大雑把な内容で良く、細かい数字を求めている訳ではない場合もあり、急いでいるかどうか、状況判断を各自適切に行い、場合によっては傾向値で良いので早く報告するという事も報告者として親切な対応になるのではないかと思います。その拙速さ(QUICK)というのは概数(Round数字)、つまりあまり細かいことに拘らず傾向を見る為に数字をまるめるという事です。
この概数の良さを皆さん方も記憶に留めて頂きたいと思います。
例えばですが、私は毎日、株価を気にしています。私自身が株をやっている訳ではないのですが、長い間の習性で新聞を見ると必ず株価欄を見ています。

因みに今日の株価が21,535円何十何銭なんて細かい数字を覚えている訳ではありません。何を覚えているかというと上の3桁の数字を記憶に留めています。今日は21,500円台、ちょっと前は21,700円、2~3か月前にピークだったなと思った22,200円台を“222”と把握しておくと、“222”「あ、この時が最近のピークだな。」と今の数字と比較しやすく、上3桁だけで傾向を把握出来るのが概数の良さです。
概数だけでいいかというと、細かい数字で把握しておくことが知識として大事な場合もあります。例えば日経平均の最高値は平成元年12月29日の38,915円というのは象徴的な数字ですから、出来れば暗記しておいた方が良いと思います。では逆に最低値の方は何時かというと、リーマンショック後、平成20年9月15日に6,994円、つまり7千円をちょっと割っている訳です。こういう象徴的な数字をきちんと把握していると、人と話をしている時に「この人、数字に強いな。」という印象を持って貰える事にも繋がります。
毎日毎日変わる数字を覚えられる訳がないので、上3桁を記憶することで傾向を読みやすくなる、それがRound数字であり、概数の良さであります。

この様に概数を把握することで物事の本質が見えてくるのです。
リーマンショック後の6,994円等、7,000円台で株価が推移していた時代は民主党政権時代なのですが、その後に安倍政権になり22,000円台の推移をみせています。そうすると7千円台の民主党政権時代と2万2千円台の安倍政権時代で約3倍となっている訳ですが、この時、細かい数字を追う必要はなく、概数で出すことで分かりやすい比較が出来る様になります。
生の数字を見るのももちろん大切ですが、この3倍という差がついているという象徴的な数字を出す為には割り算をすることが大切です。割り算は率(%)、“実数”と“率”、「何パーセント増」ということも大切で、ただ数字を見ているだけでは駄目で、自分で数字を電卓に入力し、自身の指で入力するその行動と指の動きを覚えるということは数字的なセンスを培う上で非常に良い習慣になります。
ところで、多くの方々が様々な格言を残されていますが、『経営において計数の裏付けのない話は寝言である』という格言があります。計数の裏付けのない話はやはり信憑性が低くなってしまいます。数字をたくさん出せばいいということではなく、その数字に対して様々な分析を行い、様々な傾向値を算出したものを一言で纏める、つまり計数に裏付けされた傾向値を基にした分析を言葉で物事や現象を表現することが大切です。経営上の目標等を説明したい時に、大切な事は中身について、計数の裏付けがあるかどうかという事です。
カルロス・ゴーン氏については、色々と問題がある事も事実ですが、「経営は計数である」と言った彼の言葉は正論だと思いますし、経営者としての視点が優れていると思います。因みに一橋大学の教授である楠木健氏がよく話されている「計数に強くなる」「経営はセンスである」という言葉も至言だと思います。

ところで、私の高校2年生の時の数学のテストの話になりますが、或る日、突然テストが出題されました。内容としては幾何の問題で、白い紙を1枚配られ、回答を記入して提出する事になった訳ですが、とにかく色々分析した思考の過程を全て記入し、この程度の近似値になるのではないかという形で回答を行いました。結果として、クラスでその問題を解けた者はいませんでした。難易度としては大学の数学科の卒業試験レベルのものだったとの事でしたので、解けなくても仕方がなかったのではないかと思います。しかしながら、採点はその回答に書かれた思考過程に対して採点されました。20点満点中、私は18点だったのですが、それがクラスの最高点でした。何故、こんな話をしたかと言うと、その位、当時の私は数学が好きだったという事です。因みにその後、進路を決める時に私は文系を希望したのですが、私が数学を好きなことを知っていた担任は理系を選ばない事を不思議に思い、何故選ばないのかと理系へ進む事を勧められました。もちろん、私が数学が好きであった事は間違いなかったのですが、私自身が理系へ進む事が考えられなかったのです。例えば、設計図を作成する姿や物理や化学の実験をしている自分の姿がイメージが出来なかったのです。だからといって、文系に進んだ場合のはっきりイメージが持てていた訳ではないのですが、法律や経営等に自分の性格が合うのではないかという事で文系へ進学をしたのです。ただ、「経営に携わりたい」、「経済学を勉強したい」、「法律を勉強をしたい」といった場合でも“数学的な思考”は絶対に無駄にならない、“自分には数学的なセンスがあり何かにプラスに影響する”という漠然とした自信があり、それが実際に今日に活かされていると思います。大切なのは数学の“論理的な思考”、“論理性”が重要であると思いますし、私にとって経営等を学ぶ上でとても役に立っていると考えています。

元官僚の髙橋洋一氏の著書に、「文系バカ」の壁を突破せよ?という帯がついた経済学・会計・統計・確率の重要性がわかる著書として『正しい未来予測のための武器になる数学アタマのつくり方』があります。
数学的な考え方の重要性について、文系へ進学する際に数学に触れる機会が減ってしまいがちな文系の人に向けて特に「文系の人こそ数学アタマの重要性を認識しなさい」という事を仰られております。つまり数学アタマをつくる事で「論理的な思考」、「データ分析力」、「プレゼン能力」が高まるのです。つまり文系というか経営には“数学的センス”が重要であるということです。
プレゼン等もそうですが、人前で話をする際に、まず何の話をして、次にどの話をするかで人に伝える力、説得力に影響があり、話術であっても論理的に組み立てられるかどうかに必要なのは意外とこの数学的なセンスだと思います。例えば四則計算はもちろん微分積分や統計学、因数分解の問題や証明問題などを回答することと同じ事で、色々なデータを駆使する場合に、データや数字が活きた計数になるかどうか、物の本質を見抜く分析ができるかどうかはこの数学的なセンス1つに大きく左右されると思います。文系だから数学が必要ないという事は絶対にないということを記憶に留めて頂ければと思います。

今回の主題的なお話は以上ですが、各論としてお伝えしたいことをお話ししたいと思います。
数学的なセンスという意味で皆さん方にお伝えしたいものの一つとして、“平均値”があります。何かの事象について“平均値を出す”という事はとても大切です。全体の数値を加算し、全体の項目数で除算したのが平均値です。しかしこの平均値、意外と曲者で、例えば「勤労世帯の貯蓄の残高を1世帯平均1,300万円」と算出されたとします。この内訳をみてみると0円~500億円までの幅があるデータです。
このデータの中央値の平均貯蓄額が800万円として、最頻値は100万円以下の貯蓄額の世帯となっているとします。この時、中央値の近似値の平均値を算出したい場合は最高値と最低値を除いて平均値を出してみると中央値と近似値になる傾向もありますので、とても稀なケースの最高値や最低値があることで実態の把握が阻害されかねないケースもあります。つまり多角的に数値を分析し実態の把握に努める事が重要であり、この分析の着眼点こそが活きた数字、裏付けがある計数にする為の数学的センスである訳です。

ビジネスにおける数字の魔力・魅力というか凄さについてお話をして今日の結びとしたいと思います。
外資系出版社で図書の販売営業を行っていた和田裕美さんの話です。この方はとある図書の販売で世界第二位になった方なのですが、彼女の物の考え方として、一つの目標(ノルマ)を与えられた時に特徴的な考え方で目標というものを捉えられています。営業はノルマを与えられるとネガティブな印象を抱きますが、この方は自分がこれだけの数字が出来る期待感として解釈し、その数字(ノルマ)に感謝し、その目標に対して取り組んでいくという考え方をされるのが1つの特徴です。また或る時、上司にもっとできるのではないかと今までの3倍の目標を言われた際に、出来るか出来ないか、一生のうちに1回本当に出来るか出来ないか挑戦してみたらどうだと言われた時にやってみようと取り組んでみたそうです。その時にまず「3倍の販売実績を達成する」事と数値目標以外の事「このセールスを達成しその経験をしたことをもとに大学教授になる」という目標を立て、実際に京都精華女子大学の教授になられました。

この方が実際に取り組んだこととして自分一人で達成することは困難と分析し、雑務や実務などセールスの補助となる業務を請け負う人手として自分の懐から給与を出すことで学生アルバイトを雇うなど達成に向けてありとあらゆる方法を考え実行したそうです。結果的に達成したかは存じ上げませんが世界第二位の販売実績を打ち立て、その経験に裏付けされた自信をもとに京都精華女子大学の教授に就任され、数々の著書や講演でお話をされている現在のご活躍へ繋がっている訳です。この方のお話から何をお伝えしたいかと言いますと、目標設定には“数値目標”と“数値以外の目標”があるという事です。どちらも大切です。数値目標は簡単に達成するような数値ではなく人に公表するかしないかは関係なく自分で自分の限界に挑戦する数値目標を設定すること、同時になぜその数値目標を設定するのかという動機としてどのような内容でも良いので数値以外の目標を設定することが重要です。皆さん方もぜひ参考にして下さい。