第93回 千年企業研究会(福井塾)議事録

■労働法のまとめ

今回と次回位で労働法関連について、纏めのお話をしたいと思います。

今日のテーマは企業が労働法に違反して裁判になってしまうといったケースを出来るだけ回避する為にはどうしたら良いのかという事になります。

皆さんが経営者になった時には、そうした事で訴えられない様にしなければなりません。もちろん、訴えられない事を目的として、労働関係の法律を守るという訳ではありませんが、社員ファーストの精神で取り組むとなれば、当然、労働基準法を遵守するという事が経営者として至上命題となります。労働基準法を無視して従業員を働かせようという企業、いまだにブラック企業という言葉が横行している様で、中にはそういう企業がある様ですが、そういう企業が裁判に直面すると、大変恐ろしい事になるという事を私の実体験を含め、可能な限り濃密なお話をしたいと思っております。

まず第1点目として、皆さんが心しておかなければいけない事は何よりも労働基準法を守るという事です。労働基準法というのは労働条件等の最低限の基準を定めた法律です。労働基準法を守るという事は、つまりその最低限の基準もしくはそれより緩和、つまり従業員に有利な就業規則や労働条件を定めても良いという事でもあります。労働基準法通りに取り決め等しなければいけないという事ではないということです。

因みに労働基準法という法律は強行規定というものなのですが、この強行規定と対を為すものとして努力義務規定というものがあります。どちらも法律ですから守らなければいけないという事に変わりはありませんが、努力義務規定は「こういう風にしてくださいね、こういうことを要望していますよ。」という性質があります。労働基準法の中にも強行規定の条文もありますし、努力義務規定もありますが、殆どが強行規定です。努力義務規定で代表的なものと私が思うのが「男女雇用機会均等法」です。現在は改定が進んでいるかと思いますが、「男女雇用機会均等法」が施行された当時はその殆どが努力義務規定でした。例えば、「男女を同一賃金にしなさい。」「採用選考時に男女で差別をしてはいけません。」等となっていましたが、それに違反しても罰則がありませんでした。本当に申し訳ないのですが、改正を重ねてきた最近の男女雇用機会均等法について、不勉強な部分があり、ご指摘を受ける点もあるかと思いますが、私の当時の印象としては強行規定条文もあったものの、その大部分が努力義務規定であった様な印象があります。

強行規定である労働基準法を遵守しないとどうなるかと言いますと、先ず6か月以下の懲役刑に処せられます。または30万円以下の罰金となります。もちろん条文の程度、その違反の程度などにより千差万別ではありますが、この様に強行規定により懲役刑も課せられますし、罰金も課せられます。ではこの場合、誰が罰せられるかというと「両罰規定」というもので、複数罰せられる、つまり何人かが罰せられるという事です。では具体的には誰がとなると、先ず会社自体、つまり経営陣、その中でも特に代表取締役が会社を代表して罰せられます。それからもう一つは訴えられた特定の個人・張本人です。では誰が該当することが多いかというと、人事部長や人事部担当役員、業務部長等の職責についている個人が裁判所によりその責任の所在を指摘され、罰せられる事が多いかと思いますし、他にも直属の上司が多いのではないかと思います。とにかく両罰規定であるということを認識して頂ければと思います。

では次にどの様な理由で訴えられる事が多いかというと、先ずは「長時間労働」、続いて「サービス残業」等もあります。他にも「休暇の取得」つまり年次有給休暇の取得を認めなかった等のケースがあります。これについては会社には時季変更権がありますが、休暇の取得をさせないという事は法に触れることとなります。それから最近多いのはパワハラやセクハラに代表される「ハラスメント」です。最近この点について重点的に法改正が行われ対策が取られています。

このハラスメントに関する事例としては単に上司と部下の関係性の中での出来事としてだけではなく、従業員同士での集団いじめ問題などもありますので、一般社員だから関係ないという事はありません。こういうケースで訴えられる事があるということです。今挙げた様なケースで訴えられるそのきっかけとなる要因、例えば過重労働やハラスメントにより従業員が鬱病の発病や自殺してしまった様な場合、その当事者やご遺族から訴えられる等殆どの場合は何か事件が起きなければ訴えられるに至らず、従業員が泣き寝入りしてしまうことが多いのです。覚悟を決めて職場を辞めるという勇気を持ち行動を起こせればいいのですが、働いている従業員がその企業や職場の上司を訴え、裁判が終わった後も引き続き同じ職場で勤務し続けるという事を当然法律は禁じていないですが、人の感情としてかなり難しい、つまり職場に居辛くなってしまうのです。仕事を辞めると生活が困窮するから辞められない、でも先に挙げた様な訴えたい環境にある、しかし訴えると職場に居辛いから訴える決断を下すにはかなりの勇気が必要になってしまうという事です。鬱病の発症や自殺に繋がってしまってから訴えるとなってしまわない様に、こんな法律どうってことないよ等と思うことなく、そうならない様日頃から注意をし、絶えず意見や不満を聴取する等のコミュニケーションをとる事が重要であると肝に銘じて頂ければと思います。

例えば残業代未払いで訴えがあった場合、訴えた側は自分で時間等を記録し、未払い分を算出したうえで、訴えているはずです。訴えられた側も当然、当時のタイムカード等を調べ、計算根拠等を精査する事になります。そして、その結果として、未払いがあった場合には、どの分が未払いであったか等、様々な資料を提出し裁判で決裁される事になります。ただ、在職時に支払われるべきであった未払分を訴えられた側が支払えばそれで終わるかといえば決してそういう訳ではありません。法の建前として付加金というものがあります。この付加金とは何かというと未払分の金額を上限にその金額や期間、理由などを考慮し悪質であると裁判所が判断した場合に裁判所が妥当とする金額を訴えられた側は支払わなければいけません。残業代なんて払わなくても裁判になって負けたらその時に払えばいいんでしょうという経営者が出てくる可能性もなくはないのですが、そうさせない為に付加金というものがあります。余りに悪質であると判断された場合は未払い分の2倍の金額を支払うことになります。そうなった場合、会社として付加金を払うことになると、倍支払うことになりかねないのです。例えば、3ヵ月もしくは6か月分の未払いの残業代がありその総額が100万円でした。ではその100万円を払えばハイ終わりとなるかというとそうとは限らず付加金として更に100万円支払う可能性があるのです。付加金という罰則規定があるという事も覚えておいて頂きたいと思います。ただあまり付加金というものを聴く機会がないかと思います。何故かというと労働審判になった際に請求された金額の全額を支払う判決が下されるかというとそうとも限りません。それというのも請求している期間の全てにおいて休まず間違いなく業務に就いていたか、手を休めていた時間帯や休憩に該当する時間などが無かったか等が考慮され判決が下される、またはその点も踏まえ和解の提案がされた場合などはこの付加金の分も織り込んだ額が提示され判決なり和解の合意となります。その為、なかなか付加金という言葉を聞く機会がないのですが、法の建前としてはこういう罰金がありますので覚えておいて頂ければと思います。この様に労働裁判が起きた時には会社側も大変な負担も生じる事をご承知おき頂ければと思います。

本日はこの話で終わると思いますが、恥を忍んで私の話をしたいと思います。私は訴えられた事があります。ただこれまでお話していたような残業代の未払いといった理由ではなく、経営責任を問われる形でした。ご存知の通り、私の前職の東京相和銀行が経営破綻しているのですが、破綻した事で訴えられたのではありません。経緯としましては経営破綻した事により銀行内部に不正がなかったか調査が入りました。稟議書やらなにやら全て調査対象となりました。東京相和銀行の場合は破綻したものの、経営陣が決裁判を押印した書類を調査した結果として、例えば不正融資があったというような経営陣の大きな過失とみられる事例は見つかりませんでした。その結果を受け、当時調査をしていた検事が困っておりました。なぜ検事が困ったかといいますと銀行が経営破綻し金融再生法により金融機能の再生を行うことになっていました。つまり倒産させないように税金を投与するなどして立て直さなければならなかったのです。その為には公的資金わかりやすく言えば、毀損した部分に対し国が税金を使い補填することになります。その補填する額も何千億円という規模で税金を投下しているのに、当事者であるその金融機関の経営陣には何も責任が追及されないというのは国民感情が許す状況ではありませんでした。特に金融再生法により再建させる場合は税金を投下するとうい観点からも検事は絶対といっていいほど誰かを処罰しようという覚悟で調査に入っていたわけです。ですが先にも申し上げた通り不正などもなかった為、最終的に検事が指摘したのは増資に関する点で、そのやり方について「資本忠実の原則」に違反しているのではないかということで刑事裁判が起きました。誰が訴えられ罰せられたかといいますと上から5人目まで、具体的には会長、社長、両副社長(私はこのうちの1人でした)、専務のうちの特に増資に関わった1人、の5名が罰せられました。私がこの時に訴えられた額が189億円でした。資本忠実にしていなかった分について役員連帯で責任を取り払うよう求められた額です。このときの私は自己破産し明日からのホームレス生活を真剣に考えたものでした。刑事責任で訴えられ刑事裁判を起こされた後は引き続きすぐ損害賠償責任により民事裁判を起こされました。この時は私も弁護士に弁護を依頼し無罪を主張しました。刑事裁判から民事裁判まで、地裁、高裁、最高裁、この3つの機関に刑事裁判と民事裁判両方ですから計6回裁判で争った訳です。この6回ともに私は同じ弁護士に弁護を依頼し争いました。この弁護費用を私が個人的に支払った額は数百万円でした。この額は他の誰も、当然会社も払ってくれるものではありません。この額を払うのは本当に大変でした。同時に189億円については最終的には和解で終わりました。当時の会長だけは和解にはなりませんでしたが他の4名は和解となり、私の場合は数千万円にて和解の合意となりました。189億円が数千万円ですから大変有難い話でした。私自身は裁判費用等を含めざっくり4~5,000万円ほど個人負担で支払う事になりました。何が言いたいかと申しますと、私のようなケースは珍しいかもしれませんが、何らかの理由により訴訟が起きると私の身に起きたような事が起きる訳です。ですから私の様な金額になるケースは珍しいかもしれませんが、何か事が起き裁判が起こされ弁護士に弁護を依頼すると自己負担で弁護費用だけでも最低50万円や100万円近く、通常生活するうえで払う事のない費用をこれだけの額を支払う事になってしまうのです。ましてや大きな事件が起きると私の様な負担を負う事になってしまうのです。労働裁判は労働基準法の両罰規定で懲役刑を受けかつ30万円以下の罰金を支払うだけではなく、更に損害賠償を起こされる事もあり、ましてや自殺をしていた場合などは未払い分を払えばいいなんて問題ではなく、その人が天寿を全うした場合に生涯で得るはずだった賃金や利益等を算出し個人に対して損害賠償請求されることになります。これは最終的に和解になったところで何千万円、何億円という損害賠償になる可能性があります。経営者になって法律を守るということが如何に重要かということについては、従業員の為だけではなく自分の身を守る為にも遵守すべきであるということを皆様の頭の中に叩き込んで頂ければと思います。

コンプライアンス、法令順守の重要性を日頃お伝えしておりますが、今お話しました様に実際にこれだけのことをしなければならないかという事と、裁判で争うと金額的な損失も大きいですが、刑事罰を受けたら懲役刑ですし、民事的な損害賠償による負担も大きく、私も終生その賠償を負っており今も支払っています。私と同じ轍を踏まないようにコンプライアンスの重要性について特にお伝えしたいと思います。以上で労働裁判についてのお話を終わります。

次回は、もう1つ気をつけて頂きたい事があり、その件についてお話しようと思います。それは会社が従業員の行った事について訴えられるというケースについてです。その後は労働組合との付き合い方、経営陣として労働組合とどう対峙するかについてお話をしたいと思っております。