第106回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和4年1月24日

アート引越センターの寺田千代乃名誉会長から学ぶ(4)

今日は先月に引き続き「アート引越センター寺田千代乃名誉会長から我々は何を学ぶか?」という事について触れていきたいと思います。

前回迄の振り返りになりますが、電話番号を統一し全国制覇した話や、会社のコンセプトが非常に重要というお話をしたかと思います。アート引越センターは寺田運輸から発展してきた訳ですが、新規事業を始めるにあたり、引越は運送業ではなくサービス業だと定義付けた事によって、人の採用面においてもサービス業として採用活動した事で様々な業種の人を採用することになり、その結果として、後に寺田氏の片腕となる専務は運送業とは縁のない魚屋を営んでいた方だったというお話もしたかと思います。今回は“引越はサービス業”としたコンセプトを基にアート引越センターが様々なサービスを開発した点やラジオ出演の話、そこからテレビCMを制作した事についてお話していきたいと思います。

引越業を始めるにあたり、サービス業と定義付け、様々な業種を経験した有能な人材を採用した事が多角的な人材を集める事に繋がったのだと思います。

定めたコンセプトを基に様々なサービスを開発していきますが、その中には女性目線で開発されたものもあります。幾つか挙げますと、新居への搬入作業前にはスタッフが新しい靴下に履き替えてから作業を始める事や、食器や衣類等の梱包や荷解きの煩雑さを解消する為に食器やタンスの中身を出来る限りそのままの状態で運べる様にした専用の資材の開発等があります。単に物を運べばよいという事ではないということから色々なアイデアが出てきた事で、他にはない引越専業社として評判になっていったのです。良い事も悪い事も評判というものは本当に拡がるのは早いものです。この話から私が皆さんにお伝えしたい事は企業理念というものが非常に大切だという事は勿論、日頃の仕事をする上で自分がどういうコンセプトで仕事に取り組むかを自分で考える事の重要性です。ただ出社して働いて賃金を支払われる生活を営むという事も勿論良いのですが、自分が自分の仕事のコンセプトを定時的に考えるという事も仕事の幅を広げる事に繋がるのでアドバイスとしてお伝えしたいと思います。

少し話が逸れたので戻しますが、寺田氏がある時、当時は女性経営者という珍しさもあった為かラジオの対談番組に出演する事になりました。出演した際の反響の大きさに驚いたそうで、ラジオでこれだけ反響があるならテレビだとどれだけの反響があるのだろうとテレビCMを流す事を思いついたそうです。テレビCM制作を広告代理店に相談したところ、3000万円が必要ということが判ったそうですが、まだスタートしたばかりの当時は自社資金で出せる額ではなかった事もあり銀行に融資の相談をしたそうです。

因みにラジオ番組の反響の大きさについて、私自身も経験した事があります。今から40年位前に前職で人事部長に就いていた時にTBSラジオの採用関係の特集をするという様な内容の番組だったと思いますが、その番組に銀行を通じてお話を頂き、出演した事がありました。パーソナリティに嶌信彦さんという経済評論家がいらっしゃった番組でした。15分~20分程度の出演時間だったと思うのですが、その番組でパーソナリティから振られた話に答えていく形で話をしていたのですが、番組の最中でも話している内容についてリスナーからの反響があり、対応等を確認されたりしましたし、時間帯的にも19時頃だったかと思いますが、ラジオ番組だからそれほど聞いている人が多くないかなと思っていたのですが、タクシーや車の中などで聴いている人も多くいたのかその後会社の先輩等からもラジオの内容について声を掛けられたりもしまして、その反響の大きさに私も大変驚いた経験があります。

話を戻しますが、ラジオ番組出演時の反響の大きさからテレビCMを流す事を検討し、その費用として3000万円が必要となり、寺田氏はその費用の融資を受ける為に銀行の支店長に相談したそうです。そこで言われたのが「ベンチャー企業には融資出来ない。」という断り文句だったそうです。その時に寺田氏は「ベンチャーってなんですか?」と質問したそうです。正直、私もこれは質問するのも仕方がないと思います。今でも“ベンチャー企業”の定義は曖昧な部分がありますが、“ベンチャー”という言葉は“冒険”という様な意味があり、新しく事業を起こす等、新しい事に挑戦する企業の事を指す訳ですが、今でも“将来的に危うい企業”や“IT系の企業”などのイメージを持っている方も多いかもしれませんし、寺田氏と同じように質問する人もいるかもしれないと思うことではありますが、40年近く前であれば尚更「ベンチャーって何ですか?」という質問になっても不思議ではなかったと思います。ここで学ばなければいけない事は企業の経営者というのは銀行との付き合い方、どういう銀行を選ぶかという事が非常に大事だという事です。所謂メガバンクだから良いとかそういうことではなく、地方銀行や信用金庫や信用組合だったとしても自分が起こした会社に合う銀行が必ず見つかります。自分達がやりたいことに対して、理解し寄り添って融資や相談、情報提供等をしてくれる金融機関と取引をする事が大切なのです。経営者にとって、資金調達、資金繰りというものが非常に重要です。資金繰りとはつまり銀行選びということになりますが、これが一つの大きな要になるという事を覚えておいて頂ければと思います。

話を戻しますが、テレビCMの為に寺田氏達は3000万円を調達しなければならなかったものの、相談した銀行には全て融資を断られてしまいました。ではどの様にして3000万円を調達し、テレビCMを流す事が出来たかという事に触れていきたいと思います。ある銀行の営業担当者が個人向けの融資の提案資料を持ってきたそうで、預金をすると融資を受けられる制度があったそうです。会社には融資して貰えないが個人であれば融資を受けられ、それを足し合わせれば、3000万円が賄えると思い、幹部や従業員にも協力して貰い、その銀行に預金を預け、融資して貰った事でCMの資金を調達出来たそうです。そうしたエピソードからも判る様に銀行選びというのは大事だという事です。

この様にして、テレビCMの制作に漕ぎ着けたのですが、今度は出来上がったCMを確認すると違和感を持ったそうです。理由は映像と音楽が流れるものの、曲に歌詞が無かったからでした。歌詞が無いのは何故かと尋ねると、CMソング制作は別料金という事だったそうです。追加料金を払う資金もないので、仕上げは当時無名の若手だったプロにお願いしたそうですが、寺田氏は自分でCMソングを制作してしまったのです。ご存知の方も多い「あなたの街の~ゼロ、イチ、ニー、サン、アート引越センターへ」という歌詞はこの様な経緯で寺田氏達が自身で制作したそうです。ここで学ばなければいけない事は、作詞や作曲というものは学校教育などで学ぶ機会があり、知識として皆が持っている物だったかもしれませんが、知識があるという事に留めず、その知識を知恵として活用したという事です。私達も義務教育を受けていますので、学校の授業で楽譜の読み方等も含め知識として習っていますが、いざこういう場面で自分がCMソングを作ろうという知恵が働くかというとなかなか難しいと思います。知識として持っている事と、それを目的遂行の為に知恵として活かす事ということは別です。こうしてできたCMソングは小さい子供も覚えられる様な印象に残りやすく耳馴染みの良い曲で大変な反響を呼ぶ結果に繋がったのです。6つ目の教訓としては、我々も物事の知識を学ぶ事は勿論大切ですが、我々はその知識を昇華して知恵として活かし経営していくという経営感覚が非常に重要だという事です。

1. 企業経営に学歴は関係ない
“学びは仕事の中にある”

2. “経営とはセンス”だ
社長のつもりで働く

3. チャンスと思ったら思い切って投資する
経営とはある一定のリスクの上に利益がある

4. 資本構成の重要性 持ち株比率51%

5. 新規事業で市場参入する時には徹底的に市場調査を行う

6.経営とは知識を知恵に変えて活用していく

色々な課題に知恵を絞り社員一丸となって取り組んで制作したテレビCMが大当たりしアート引越センターの飛躍に繋がっていったのです。時代としてはその後にオイルショックやバブルの崩壊など苦しい時代を迎える事もありましたが、事業が大きくなるに従い、寺田氏も細かく口を出さずに現場に任せるようになったそうです。そんな中、不自然なお金の動きがあり結果的にそれは不正だったという事が発覚した事件がありました。不正というのは企業にとっても存亡の危機です。この時、はたと立ち止まり、任せたつもりが放任になっていなかったかと初心に帰る気持ちになり、社長として現場復帰をしたそうです。このエピソードから簿記や会計学の重要性が判る反省のエピソードになります。

皆さん簿記や会計学が重要だという事はお判りかと思いますが、今日はこの簿記や会計学の重要性について、お話して本日は終わりにしたいと思います。この簿記や会計学のポイントを挙げますと、経営に関する数字を細かく把握するには簿記や会計学といったものが重要になるのです。簿記の考え方は単純なのですが、重要なのは“バランス感覚”と“締め(まとめ)”です。バランスとは貸方と借方の関係などにも当てはまりますが、絶えずバランスをとるという事が簿記の精神では重要です。そしてもう一つの重要な要素である“締め”は例えば営業所ごとの売上高をピックアップすることがありますが、これを纏めて全体の合計を出す(締める)ということが重要なのです。事業所毎に個別に見る事も必要ですが、全体を通してどうなっているかを見る事が重要なのです。貸借対照表等は必ず個々の数字はバランスを取っていて、最後に締め(合計額)を出しています。そしてこの締めた結果が何を示すかという事を分析するのが会計学です。締め(合計額)を出したところで終わってはいけません。その合計額が意味することはどういう事なのかを読み取らなければいけません。会計学というと難しい印象を持たれるかもしれませんが、経営者というものは出てきた数字を見て今後どうするかを考えなければいけません。会計学的な要素としては大きく4つあるかと思います。

(1)比較する       対予算、対前年同月、対同業他社 等
(2)比率を出す      売上高と利益からその率を算出する 等
(3)加減剰余を駆使する
(4)計数分析をする    経営方針を決定する
ここまでやって会計学を経営に活かしている

まずは“比較する”ことです。必ず最初は比較するところから始まります。対予算や対前年同月、対他社との比較がどうなるか、必ず比較をすることが重要です。2つ目は比率を出すということです。簿記で出される資料は実額で示されます。売上高が出ていて利益が算出されていたら、単に売上高と利益の実額をただ見るだけではなく、それが率としてみた場合どうなっているのか。対前年同月の売上高や利益の実額を比較してその伸び率がどうなっているかを分析するというように、ありとあらゆる数字の比率を出すことが重要なのです。例えば売上高を従業員数で割ればパーヘッド(一人当たり)がでますので生産性がどうなっているかの指標になります。3つ目は似ているのですがとにかく加減剰余を駆使するという事です。伊達や酔狂で義務教育でこれらを習ってきた訳ではないのです。我々は知識として何をどう割ったら何が算出されるかということを学んできている訳ですから知恵としてこれを活用しなければなりません。最後に計数分析をする事です。ですが、経営者は計数分析しただけでは駄目で、計数分析をしたら、それを経営方針に反映させる事が重要なのです。何が自社の欠点で何が強みなのか、今何が問題点なのかその問題を解決する為には何をするべきなのかというような事を考え、決定していく事が重要なのです。会計学とはここまでやって経営に活かしたと言えるのです。

本日はここまでとします。前回もお話したかと思いますがこの千年企業研究会(福井塾)を通じて皆さんにとって、少しでも参考になるような、自身にとって成長のきっかけになるようなケーススタディになればと思います。