第90回 安倍内閣の働き方改革の概要について①

(1)経営者の必須項目についての振り返り

表1

本日で千年企業研究会も90回という回数を重ねた事になる訳ですが、経営者というものは何より根本の倫理観が一番大事だという事を改めて強調しておきます。そして社長はこの倫理観に基づいて毎日「DECISION MAKING」=「意思決定」する役割を担っているということです。その根本となるのは倫理観、言い換えると「コンプライアンス」、名誉会長がよく仰られる「社員を大切にする」:社員ファースト、そして「GOING CONCERN」:企業の永続性の原則、「適正利益の確保」:企業は儲けなければならないが、過度に儲ける事は良いとは言えません。これらが「DECISION MAKING」の要素となっているという事をこれまでお話をしてきました。これは勉強するという事とは別次元の話で“感覚的”なもの、社長に必要な物はそういうフィーリングだという事です。

因みに一橋大学の楠木教授という方がとても素晴らしい学者である事を私は以前から存じ上げていたのですが、最近ではこの方の経営理論と言いますか「クスノキイズム」という経営理論的なものが認知されてきているそうです。楠木教授が『コンプライアンス』や『社員ファースト』、『適正利益』という事の重要性を非常に強調されています。

これらの要素に加えて各経営知識が必要になる訳ですが、この分野は誤解を恐れずに言えば知らなくても何とかなります。ただ知っておいた方が良い事は間違いありませんので、これまでこの勉強会を通してお伝えしてきた訳です。現実問題として、自分の生半可な知識で判断するよりは基本的には専門家に尋ねてしまった方が良いこともあります。ただし、専門家に尋ねるにしても自分でそういう事について勉強した事がないというような無頓着さは「DECISION MAIKNG」に影響を及ぼす事になり、それでは困る訳です。今日から再び労働法について、そしてその後は会社法等や会計学等について学んでいく予定ですが、何故勉強するかというと、全く知らないでいるよりも「コンプライアンス」や「DECISION MAIKNG」を実践する上で有利になると思うからです。労働法が終わりましたら、法人税法に移りたいと思いますが、その前に経理に関する雑学を2~3つお話してから法人税法に入っていきたいと思っております。その後は所得税法に関しては個人の確定申告や年末調整で馴染みがあるかと思いますがその所得税法についても少し触れて、簿記にも触れてから会計学、最初にお話をしました会社法について立ち戻り繰り返しお伝えしていきたいと思います。
ここまでがこれまでお話してきたことやこの勉強会の趣旨についての再確認となります。

(2)働き方改革とは

まず「働き方改革」を何故、安倍内閣が推し進めているのかというと、国際社会における日本の働き方が他国と比べて改善をするべきと判断し労働基準法の改正、そしてその関連法を改正しています。これまで色々な法律が改正されてきた訳ですが、この改革で何を改善しようとしているかというと大きく分類すると下記のように挙げられると思います。

表2

この11項目のうち、特に必要と思われるのが1ならびに2で挙げた「非正規社員の待遇改善」と「長時間労働の是正」であり今回の改革の目玉と言えると思いますが、本日はこの中でも特に「非正規社員の待遇」について、お話をしていきたいと思います。

少し話が逸れますが、この「非正規社員」について、私なりのこの言葉から受けるイメージについてお話します。私がビジネスの世界に飛び込んだのが53年程前なのですが、今振り返ってみますとその頃は「就職する」ということはほぼ「正社員」のことを指していたイメージがあります。当時もパートタイマーはもちろんありましたがごく少数で、会社に雇われて働くということは正社員として働くという事と同意として捉えていたような時代だったように思います。当時勤めていた銀行では入社した頃は正社員以外がいなかったように記憶しています。その後、パートタイマーや派遣スタッフ、契約社員等様々な名称で呼ばれ勤務する人が出てきましたが、その理由といいますか背景として「人件費を抑えたい」という思惑があったからだと思います。それでも働く人の殆どは男性だった様に思います。では職場に女性がいなかったかというと、そんな事はなかったのですが、その当時は「女性腰掛論」といいますか、女性が25歳程度で結婚や出産などのタイミングで退職し家庭を支えることが当たり前であるという風潮でした。結婚しても働きたいという方ももちろんいましたが、そういう方も子供を出産すると退職し家庭に入り、男性が大黒柱として働き家庭を支えるという役割分担がはっきりしていることが一般的な事と受け止められていた時代でした。その後、状況が次第に変わり、いつの日かそういう時代ではなくなってきた訳です。個人的には今の時代の方が良いと思います。女性といえども働き活躍して頂き、家庭も両立させる、男性も働くだけではなく家庭に入り家事を手伝うと言ってはいけません、家事も子育ても分担する。そして育児休暇や介護休暇なども非常に充実してきました。また年次有給休暇についても大きく変化が見られます。私が就職した頃は年に5日間休暇をとると「5日間も休めたんだ」と言う感覚になっていましたし「24時間働けますか?」と言っていた時代でしたので、年次有給休暇は病気などになった時に取得するものという認識でいました。ですが今回の働き方改革では1年間で5日間の取得が義務化されました。

このように時代が大きく変わってきた中での「非正規社員」についてお話をしたいと思います。まずこの「非正規社員」の待遇について、働く側にもニーズはあったのですが、企業側の事情として国際的な競争力をつける為に掛かるコストとしての人件費を抑制したいという思惑がありました。日本の経済発展に比例し給与も物価も高騰していきバブル経済の頃はそれが最高潮の時で、1年間で給与のアップ率が2桁ということもよくあり、特に極端だったのは今でも忘れられませんが、昭和48年には平均で3割上昇したこともありました。尤も同時に物価も3割上昇しました。経済の活性化という意味では決して悪い事ではありませんでしたが、そのことにより国際的な競争力が落ちてしまった訳です。人件費が東南アジアや他の地域に比べ随分高くなってしまい、結果的に物価も高くなり競争力が失速してしまった結果、人件費を抑制し競争力をつけなければいけないとなり、経営側も人件費が高い正規社員の採用を控え、代わりに人件費が低い非正規社員を積極的に採用していったのです。極端な時には非正規社員が4割になってしまいました。つまり正社員は残りの6割ということになる訳です。時間や曜日に制限を受けやすい非正規社員が多い職場では柔軟な勤務を責任をもって維持する事が困難になってしまったり、事業を拡張しようとしても管理職に就ける役職者が不足している状況に陥ってしまうこともあり、大変勝手な話のように聞こえてしまうかと思いますが、企業側もその状況のまずさに気が付いたという経緯があります。2018年の日本のGDPは第3位ですが、一人当たりのGDPは第26位となっています。また、OECD(経済協力開発機構)のランキングで実質労働生産性(1人当たり)が2018年は加盟36か国中21位、上昇率が2010年~2017年の平均では23位です。かつては日本のGDPは世界第2位、一人当たりのGDPも上位5位前後を推移していた時期がありました。このような時代を経てバブル経済のインフレの時代からバブルがはじけデフレの時代になり、物価が安くなりました。物価が安いということは人件費つまり給料が上がらない時代となったのです。

このようにデフレにより物価が下がっている時代でしたので、賃金を維持するだけで結果的に賃上げになるというような不思議な理論がまかり通っていた時代があります。それが顕著にわかるのが初任給です。平成30年賃金構造基本統計調査の初任給の概況では大学卒の男女平均が206.7千円ですが、この初任給はここ20年ほぼ横ばいで推移しています。「初任給」も含め労働者にとって重要な給与ですがこれが増えていないというのは大変な問題な訳です。なぜ増えないかという要因の一つに非正規社員の増加もあると政府や労働者もここにきて気が付き是正をする為に「働き方改革」の一環として対応に乗り出したのです。
非正規社員という保証が低く雇止めにより収入や生活に対して不安を抱えることになる働き方に対して是正を行い、非正規社員の雇止めを企業が行うことに制限をかけることで非正規社員の待遇の改善と不安の軽減を図ったのです。

表3

無期契約というのは自己都合による退職等を除けばその雇用期間は定年制度があれば定年を迎えるまでです。しかし有期契約は期限を区切り雇用をしていますのでその期限を迎えたときに企業側が雇止めをする権利を行使することができたわけです。この有期契約社員の待遇が今回の働き方改革でどのように是正されたかをお話したいと思います。

有期契約と無期契約の社員の間で特に待遇の是正における柱となったこととしては「同一労働同一賃金」が挙げられます。有期・無期の雇用形態に関係なく、同じ仕事を行っているならば労働者は同一の賃金(待遇)を受けなければなりません。では“同一労働同一賃金”とは実際にどう対応したら良いのかということですが、何でもかんでも同一にしなければいけないのかというとそういうことではありません。その性質において分解し判断をしてみます。いわゆる本給や基本給と言われているものは当然「同一労働同一賃金」です。職務遂行能力、年齢、業績、勤続年数全てが正規・非正規関係なく同一である場合、正規・非正規関係なく同一賃金出なければなりません。ですので能力に差があるのであれば賃金に差があるのは当然です。さてこの“本給”を「職能給」的な基準で決定している要素と「勤続給」的な基準で決定している要素がある場合があります。この「勤続給」的な基準で決定している場合が問題で、意外とこれをしている企業が多いそうです。ですがこの基準では正規社員と非正規社員の間で格差があることに合理的な説明ができない為「勤続給」的な基準を廃止し、「職能給」的な基準により能力を査定し決定する方法を採用する企業が増えているそうです。経営者としてこういうことも把握しておいた方が良いでしょう。

次に「手当」についてですが、基本的にあらゆる手当は正規・非正規関係なく全員につけなければならないものと思って頂いて良いと思います。一般的によくある手当としては「通勤手当」「皆勤手当」「役職手当」「食事手当」「単身赴任手当」「危険勤務手当」「無事故手当」「扶養手当」「住宅手当」等があります。正社員にこれらの手当がある場合、その支給の条件を満たせば非正規社員にも支払わなければなりません。色々ある手当の中で唯一、裁判での判決によりこの条件が特殊な手当てがあります。「住宅手当」がそうです。ハマキョウレックス事件の判決で運送業のドライバーが正規と非正規で同一労働を行っているにもかかわらず手当の支給において格差があったことによる訴訟だったのですが、その中で他の手当は格差があることが不合理であり支払うよう判決が下った中、「住宅手当」に関して正規社員は転勤があり非正規社員には転勤がなく、正規社員は住居に関する負担が大きくその点に関し格差があることは合理的と判断された為でした。ハマキョウレックス事件はこのように判断されましたが、どの企業にも同じ判決が下されるとは限りません。

また、福利厚生に関しては正規・非正規関係なく同一にしなければなりません。
例えばですが、職場で昼食を提供している場合は正規・非正規関係なく提供しなければいけません。ですが例えば正規・非正規関係なく午前中で退勤する従業員には提供していない場合は提供しなくても問題はありません。他にも保養施設の利用に関する権利にも制限を設けてはいけませんし、休暇取得に関しても差を設けてはいけません。例えば慶弔に関する休暇について、週2日(月・火)勤務するパートタイマーが月曜日と火曜日に葬儀によりお休みをした場合、まずは第一の対応として月曜日と火曜日の休暇取得を認めるが、振替により水曜日や木曜日など他の曜日で勤務する対応をとります。それが困難な場合に限り慶弔休暇として休暇の取得を認めるという対応をとることになります。

前半で少し時間を使ってしまいましたが、来週は派遣社員に関してどのような統一見解がなされたかというおはなしをさせていただきます。