第112回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和4年9月22日

■非上場会社が上場(IPO)する為の準備(6)

日本経済新聞の連載「私の履歴書」に掲載されたアート引越センターの寺田氏の話が経営者としての非常に良い教材と考え、これまで縷々話をして参りました。そして、この寺田氏の連載の中でも触れていますが、上場するという事は非常に大変だという事を前回までお話してきました。今回は前回に引き続き総務の話の続きをしたいと思います。総務の話の中でも“株主総会”についてお話をしたいと思います。

現状、福神商事や関連会社において、株式を上場する可能性はないだろうと思いますが、今から10年後、15年後にはまた状況も変わり、皆さんもそれ相応の経験を積み、経営者になっているかもしれません。そうは言っても、「上場していなければ、株主総会を経験する訳ではないので、学ぶ必要がないのではないか?」と思われるかもしれません。確かにその通りで必ずしも必要ではない事かもしれません。ですが、何故今回私がこの件について触れ様と思ったかと言うと、株主総会とは会社経営そのものだと考えているからなのです。株主総会について詳しく知ろうとすると会社法から学ぶ事になります。極端な言い方をすれば、決議事項や株主の賛成をどれ位得る事で議事を通せるのかという様な事は会社法に定められており、その通りに株主総会を運営しなければいけない訳です。しかしながら、そういう細かい話を今日は皆さんにしたい訳ではありません。株主総会を乗り切る為の苦労というのは会社経営に通じるものがあり、その準備において苦労した経験から得たものは上場・非上場に関わりなく会社経営にも通じるものがあるので、その精神を学ぶべきではないかと思うからです。そういう訳で株主総会の苦労話を通してその意義についてお話していきたいと思います。

そもそも株主総会とは何なのかという事から入りたいと思います。先程も少し触れましたが、会社法等、細かい事はまた会社法のお話の時に触れたいと思いますが、記憶に留めておいて頂きたい事はこういう事です。

『株主総会とは』

1. 会社の最高決議機関
2. すべて会社法に則って運営
3. そもそも株主の主な権利
(1)経営者の選任権 株主総会の開催
(2)配当を受ける権利
(3)決算承認する(黒字が前提、赤字なら経営責任追及)

3.株主の権利で(1)経営者の選任権と言うのは、取締役や監査役という経営者の選任と言いますか、選抜と言うか、そういう選択権利の事です。経営者を選ぶのが株主総会の第一の目的です。株主総会は1年に1度必ず開催しなければならない定時株主総会の他に、一定の要件を満たせば株主が取締役に対して臨時で株主総会の招集を求める事が出来ます。

それから(2)配当を受ける権利です。3つ目については、決算書はその会社の1年間の通知表の様なものです。その決算を承認出来る決算書、つまり黒字であれば承認しますし、赤字であれば、株主はその会社の経営者に対して不合格を出す事になりますので、経営者の交代を要求するという事にもなる訳です。ですから、上場企業になると何が何でも利益を出そうと一生懸命になるのです。

この3つ以外にも色々とありまして、例えば議題を提案する議案提案権という権利もあります。これは株主誰もができるかと言うとそうではなく、総株主の議決権の1%以上の議決権を有る株主という様な一定比率以上の株を持っている人がそういう権利を持っているのです。何か議題を提案したいが株数が足りなければ何人かそういう株主が集まって要求するという様な事もあります。総株主の議決権の何パーセント以上であれば何が出来るという様な細かい事は会社法に定められていますので、そちらを見て頂ければと思いますが、そもそも株主総会というのはこういうものなのです。今挙げた事以外にも色々細かい事はありますが、纏めますと株主とは投資した見返りとして配当をして貰いたい訳です。株主には配当を受け取る事が出来る様な会社経営をする様、会社に請求で出来る権利を保持しているという事です。

具体的に株主総会は何をやるのか、また株主総会の議長は誰がなるのかという事についてお話していきたいと思います。先ず、株主総会の議長は第一義的には社長がなります。会社法にも定められていますが、株主総会の議長については誰が議長になるかという序列を定款に定めてあるのです。必ずそうと言う訳ではありませんが、多くの企業では1番に社長を指名しているかと思います。特に誰にしなければいけないという事はありませんので、企業によっては2番目には副社長や専務などと定めているかと思いますが、重要なのは予め定款に序列を取り決めてあり、その定められた序列に則って株主総会の議長を社長が務めていることが多いという事です。

そして殆どの企業がそうしているかと思いますが、株主総会を開催するにあたり、準備をします。この準備の仕方も各企業様々なやり方があるかと思います。具体的に株主総会の準備の為にどういう事をやるのかを挙げていってもきりがないのですが、その中でも各社が一番苦労している事は何かというと“想定問答集”の作成ではないかと思います。これが恐らくどの会社でも行っている準備だと思います。この準備作業を必要ないと言える社長がいたらそれはとても立派な事だと思いますが、多くの場合は事前に株主が質問してくるであろうことを想定しそれに対する答えを用意しておきます。実際にその質問を受けたら事前に準備した答えをベースに社長が自分の言葉で株主に回答していく訳です。この“想定問答集”はどの様に作成するかについてお話してきたいと思います。各部門が自分の担当する部門に関わる質問を想定し、その答えを用意していきます。この数が会社の規模によっても違いますが10問や100問というレベルではなく大体最低でも1000問近く用意することになります。この段階で用意した以上の質問は株主からは出ないだろうというレベルまで事前に質問を想定してそれに対する回答を用意していく訳です。

では、この様に苦労して“想定問答集”を作成したら株主総会の準備が終わりかと言えばそうではありません。今度は作成した問答集を使い、株主総会のリハーサルを行います。株主総会を担当する社員や役員達で進行役や株主役などを割り振り、実際の株主総会を想定してリハーサルを何度も行います。株主役からどの様な質問が出たら誰が対応する等、本番でスムーズに進行出来る様、徹底的にリハーサルを行う事になるのですが、質疑応答のリハーサルの事を野球に例えた通称ですが1000本ノックと言って「今日は1000本ノックをやります。」等と言っていたりもしました。こうして議長の社長も大丈夫だと安心出来る位、どんな質問が来ても答えられる様にリハーサルをして、株主総会に臨む事になります。私も銀行に勤めていた際には総務担当で約10年間株主総会を運営する側として関わってきました。その後、新たに勤めた企業でも株主総会を5期ほど担当したのですが、その時にこの話をすると「こんな大変な仕事を10年もやっていたのですか?」と問われる事がありましたが、その“大変な仕事”も前回に触れた法改正、暴対法の施行の前と後ではその苦労が全然違うものだと実感しています。

話を戻しますが、私が今回、皆さんにお伝えしたい事としては、こうして株主総会に15年近く関わってきた経験から“何かこれはおかしいのではないか?”と感じた事を踏まえて得た教訓としては、質問をする株主にもそれぞれ知りたい事があり、質問してくる訳ですが、例えば前期の営業利益が赤字だったとして、その額が3億3000万円なのか3億2000万円なのか3億2350万3500円だったのか、そんな細かい数字のことを聞きたいのではなく、別の意図がありその質問をしてくる訳です。ですから、正確に答えたいという気持ちは勿論判りますが、細かい数字をびた一文間違えずに社長が記憶し答える必要はなく、逆にそれを正確に答えられる方が私は不思議なのではないかと思っています。事前に把握すべき事を把握する等の準備は必要かと思いますが、私が15期ほど株主総会に関わった際に基本的には「社長はこんな1000本ノックは必要なく社長の頭の中に入っている範囲内で誠実に、理路整然と自分が思う通り回答したら良いと思います。」という事を当時の社長にお伝えした事がありました。実際、その通りだと私は思っております。

色々お話してきました通り、細かい事は色々あるかとは思いますが、私は株主総会における重要な事があると思います。それが何かと言うと、株主総会ではどのような質疑応答があったとしても最終的には“賛成か反対かの決議を取る”事になります。51%以上の株式を持つ株主を与党株主と言うのですが、極端な言い方になりますが、この賛成か反対かの決議を取る時に与党株主を確保していればその議題の決議を取る事が出来る訳です。株主総会の場で1つ1つの件について都度賛成や反対の株主の数を数えて決議を行う訳ではありませんし、細かくその場で数える様言う株主もいません。では何故、参加している株主も含め皆がその様な事を言わないかという事にも繋がる事ですのでお話をしたいと思います。

先程からお話してきました通り、株主総会は議長や担当役員や事務局等が準備し開催する訳ですが、開催前に事務局では株主の委任状を集計しており、この委任状の事前集計の結果によっては開催前に既に決議の結果が出ている事があります。つまり勝負はこの時点で決まっている訳です。こうして事前に委任状を以って与党株主を確保する事により、株主総会当日は会社法等で定められた通り進行し、質疑応答や議題に対する決議を進めて行く訳ですから、当日会場での賛成や反対の数を数える必要がないのです。

この委任状の話について、何年か前に大塚家具で起きた事について触れながら話をしていきたいと思います。様々な報道等で取り上げられていたのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、家具専門店の株式会社大塚家具では創業者である父親の大塚勝久氏と長女の大塚久美子氏による経営方針の違いによる対立がありました。この時に起こったのが“委任状争奪戦”です。委任状は英語でProxy(プロキシー)と言いますのでこの“委任状争奪戦”のことをProxy Fight(プロキシーファイト)とも言われます。勝久氏は高級家具路線を推進し、久美子氏の方は大衆化・カジュアル路線を推進した事で起きた対立で、株主総会の当日まで委任状争奪戦が繰り広げられる事になりました。結果的に多くの株を集めたのが娘の久美子氏でしたので、どの様な議題をかけても久美子氏の提案が通る結果になった訳です。余談になりますが、この株主総会での結果を受けて、久美子氏は大衆化路線を推し進めましたがうまくいかず、後にヤマダ電機との提携等を経て最終的にヤマダ電機に買収されており、会社経営としては失敗という結果になりました。一方、この対立の際に父の勝久氏は自分の今迄の生き方は間違っていない筈という信念の下、良い家具を丁寧な接客で販売するという方針で新たに「匠大塚株式会社」を立ち上げました。勝久氏の方には古くからの社員や取引先や職人さんが付いていき、久美子氏の方には比較的若い社員が付いて行ったそうです。細かな事は判りませんが、結果的に勝久氏が新たに立ち上げた匠大塚は現在も独立した会社として生き残っていて、久美子氏が株主総会で勝ち取った大塚家具は買収されてしまっています。大塚家具を例に話をしてきましたが、株主総会で何が決まるか、プロキシーファイトとはどういう事か、それは判り易く言えば過半数を獲得出来ているかどうかという事です。細かい事を言えば、過半数つまり51%以上で議決されるのは普通決議で、特別決議や特殊決議は3分の2以上や4分の3以上などそれぞれ決議要件がありますが、大塚家具の場合は久美子氏がそれらをクリアして議決権を得たということです。

この話の何が経営の本質なのかということですが、株主総会というものはそうやって株主の総意を得る事、つまりプロキシーファイトが前段として非常に重要だということです。争奪戦などと言われる状況ではなくても株主総会を開催するにあたっては多くの企業では一生懸命株を集める、つまり株主の総意を得ることに尽力するわけです。この話をするにあたり大塚家具を例にお話してきたのですが、結果的に買収された久美子氏ですが、その経歴は大変素晴らしく、それに裏打ちされた自信もあったのではないかと思います。ですが、人間というものは面白いもので、誰しも寿命があり命の終わりを迎える時が訪れます。そしてちゃんと話し合えばある一定のところでお互いに歩み寄れる点があると私は思っています。久美子氏はもしかしたらそういったことを一足飛びにやろうとしてしまったのではないかと思っています。何故その様な事を私が思ったかと言いますと、実は30年~40年前の事だったと思いますが、大塚家具がまだそれほど大きな会社ではない時に九段の辺りに本社があったのですが、私が支店長として在籍していた神田支店の直ぐ傍にありました。その時に担当者が何度か大塚家具へ営業に出向いておりまして、一度その法人担当営業行員に同行して訪問した際、勝久氏とお話した事がありました。その際にご自身は春日部高校の出身である事や勝久氏の父が家具職人で良い家具を作るという事、自分はそれを販売する為にこういう事をやっていきたいという将来の会社の在り方について、お子さんが多いというご家族の事等も含め、色々とお話を伺いまして、おこがましい話だとは思いますが、この時私は「この会社は良い会社だな、この会社は伸びるだろうな。」という印象を受けたのを今でも覚えています。その時は結果的に銀行取引は成約には至らなかったのですが、その後大塚家具は上場企業となりましたし、新聞等でお名前を拝見した際には素晴らしい会社だなと思いましたし、頑張ってらっしゃるなと陰ながら応援しておりました。もちろん久美子氏も立派な方だと思います。一橋大学を卒業し富士銀行(現みずほ銀行)に入行され、その後、コンサルタント会社で力を発揮されていたそうですし、更にその後は筑波大学大学院での学びを経て大塚家具の社長に就任されるというとても素晴らしい経歴をお持ちの方だと思います。久美子氏も色々なことを学ばれてきてその経歴は素晴らしく立派な方だと思います。ですが、そもそも経営者は経営者である前に一人の人間です。私が思うにここがポイントだと思っているのですが、経営者になるという事は“経営能力”と“人格”この両輪が必要だと思っております。

次回は経営者になるという事がどういう事なのか、具体的に株主が経営者に求めるものについてお話を進めて行きたいと思います。

以 上