第124回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和5年11月21日

株式上場のメリット・デメリットについて(3)

今回も前回から引き続き株式上場のメリット・デメリットの内、メリットについてお話をしたいと思います。

前回は株式上場のメリットの1つ目として上場する事により証券市場で資金調達が可能になるという話をしました。ある意味、資本主義社会を表しているとも言えますが、資金調達の幅が広がるという事や配当性向や配当利回りについて触れました。今回はメリットの2つ目からお話をしていきたいと思います。

2つ目として挙げるのは、上場する事で社会的信用を得られるという点です。非上場の企業がそうではないという事ではありませんが、一般的には“上場企業”と聞くと“大企業”や“良い会社”だという印象を持たれ易い傾向があるかと思います。実際には上場企業でも不祥事により信用を失墜しているケースも見受けられますし、非上場の会社で不祥事もない会社も多くあります。ですが、あくまでも“上場企業”という事から一般的に受ける印象により社会的な信用を得易いという事です。この一般的に受け易い良い印象の効果の1つとして、企業間での取引で信用を得られ易いという点の他にも、求職者が応募する企業を検討する際に上場企業は安定してる・安心して働ける会社という印象を持たれ易く、就職したい企業として目指され易い傾向があります。多くの人が応募するという事で企業の採用活動においてもより良い人材が集まりやすくなるというメリットが発生します。1つ目に挙げた資金調達の幅が広がるという事が一般的には上場の最大のメリットと言えますし、もちろん大事な事ではあるのですが、意外とこの2つ目に挙げたメリットが1 番重要かもしれないと私は思っています。良い人が採用出来るという事はとても得難い事だと思いますが、話が逸れるのでこの件についてはここまでで留めておきたいと思います。

3つ目に挙げるメリットは創業者利益です。以前にも触れたかと思いますが、創業者つまり上場前の企業の株主、大抵は非常に少数で株を保有若しくは創業者が100%株を持っているというケースが多いかと思います。創業時に株主が資本金を拠出して起業し、その後大きく会社を成長させ上場するという流れになる訳ですが、この上場の際に“資本金として拠出した額”と“保有する株を売却する事で得る売却額”との差額が創業者利益になる訳です。これから単純化した例を挙げてバランスシートを使い説明していきたいと思います。

まず創業者が資本金1 億円を用意し会社を作ります。この時、銀行など金融機関から借入金として1億円を借り入れたとします。この資本金と借入金を合わせた2億円を設備投資や商品仕入れなど運用し企業としての活動をしていきます。X年後にはこの会社が成長し資産が5億円の企業になりました。単純計算で資産価値が2.5倍になった訳です。少し話が逸れますが、この資産5億円というのは簿価です。バランスシートは簿価で作成します、つまり購入時の価格を帳簿につける事になります。例えば、車を100万円で購入した場合、バランスシートでは購入した金額を基に5年や10年等で減価償却した額を記載します。ですが、例えば実態としてこの時購入した車が後に生産中止になり人気車種だった為120万円の値段がついていたとします。こういう購入時より価値が上がっている資産を含み資産といいますが、バランスシートでは含み資産の120万円ではなく購入時の100万円から減価償却した残額で帳簿上処理される訳です。話を戻しまして、この時の内訳として負債額は1億円増え2億円、資本勘定は3億円になりました。この資本3億円も元々は1億円だった訳ですが、大体において利益を積み上げていく利益剰余金等により資本金が3億円になっていたとします。この時、この会社の資本額は1億円から3億円になっています。単純な例として創業者が100%出資している非上場のA社を第三者が買収する事になったとします。A社を3億円で売却する事になると創業者は2億円儲かる訳です。

さてここからが本題ですが、このA社を上場させると創業者の利益がどうなるかについて例を挙げながら説明していきたいと思います。前提として創業者が100%株を保有しているA社を上場する事になったとします。上場する時に株式市場に何%の株式を売却するかにもよりますが、上場する事により誰でもA社の株を購入する事が出来る様になる訳です。当然、投資家は株を購入する前にA社について調べる事になりますが、この時に例えばA社が保有する不動産の中に商業用地の大通りに面した一等地に商業ビルを保有していたとします。この不動産物件の家賃収入が月間2400万円、年間で2億8000万円超の家賃収入がある事が判ったとします。その様な物件が償却済みのA社の価値を資本勘定の3億円相当と投資家が判断するかというとそうではない訳です。例えば、この商業ビルが銀座の大通りに面しているビルだったとして1坪2億円、それが40坪あったら80億円の価値となる訳です。このビルが例えば借地権だったとしても借地割合は90%程度となるので80億円の90%の72億円となる訳です。バランスシートでは上場前のA社の資産が5億円だったとしても所有する不動産の価値に72億円相当が認められたら多くの投資家がA社の株を購入しようとする事になり、A社の株価が上がる事になります。創業者が起業時に1億円の資本金を出していて、この時10万株保有していたとします。上場する際にその内の60%の6万株を株式市場に出し、40%の4万株を保有したとします。この市場に出した6万株を売却した総額が上場前の資本金の3億円を超える事があります。この様な上場時の株の売却による利益を創業者利益と言います。この売却益以外にも手元に残した40%株の配当を受ける事で継続的な利益を得る事も出来る訳です。

表1

もちろん、この様に価値が上がる場合だけではなく価値が下がる場合もあります。どこで私が見たか記憶が定かではありませんが、100社起業した内この様な創業者利益が出るのは1%程度と言われております。創業者利益を得られる企業は本当にごく一部という事です。創業者は起業時に金融機関から個人保証を求められる事が多くリスクを背負って起業しています。この高いリスクを負って起業するからこそ成功時には創業者利益として高いリターンを得る訳ですが、そのリターンを得る事が出来るのはごく一部で多くは手元に資金が残らない、つまり全然儲からない事が多く、起業するという事はそんなに甘いものではないという事でもあります。ですが、それでも一攫千金を目指し起業する人が絶えないのはそれだけのリターンがあるからとも言えます。長くなりましたが、3つ目のメリット“創業者利益”というものは上場における非常に大きなメリットであると言えます。

そして最後に4つ目のメリットとして挙げるは“ガバナンス体制を強化しなければならない”という事です。これは本質的には上場・非上場限らず求められる事であり非常に大事な事ではありますが、特に上場企業は株主に厳しくチェックされていて不十分だと株主に判断されれば株主総会で追及されることになりますのでガバナンス体制を強化しなければなりません。何故株主がガバナンス体制に目を光らせるかというと、以前の話にもありましたが、不祥事が起きると保有する株の価値が暴落する事になる為、株主は不祥事を嫌うからです。

【ガバナンス体制】
① 組織運営
② 規定に則って運営
③ 稟議制度—―決裁権限
 (書類上の決裁)
④ 合議体制
 (取締役会)

1つ目は組織運営されているか。例えば企業が組織で運営されていない、つまりワンマン経営、1人で会社の事について決めていないか、1人で決めることにより健全な企業経営が出来なくなっていないか等、株主はこういった点も厳しくチェックしています。2つ目の規定についても、規程集などの規定に則って運営・会社経営されているか、3つ目の稟議制度がきちんと機能しているか、つまり決裁権限がはっきりしているかについてもチェックされています。つまり書類上において誰が稟議を起こし誰が承認・決裁しているのか、決裁権限は誰にあるのか、決裁制度はちゃんとしているかについてもチェックされています。最後の合議体制ですが、合議体制の中で一番重要なのは取締役会です。取締役会では規定に則った会議が出来ているか、そこできちんと論議をして決められているかもチェックされています。上場企業における最高の意思決定機関は株主総会です。株主総会に出席するのは誰かというと株主です。1年にたったの1回ですが、株主が出席し、株主が賛成しないと議題は通過しない訳です。ワンマン体制が決して悪いという訳ではありませんが、ワンマン体制が長期化するとだんだん組織が腐敗していき、そしてそれがその企業をダメにする事が多く見受けられます。そして組織が腐敗する事で、結果的に多くの従業員や関わる人達を不幸に陥れることに繋がりかねないのです。ですからこのガバナンス体制、日本語で当て嵌めると統治体制ですが、その会社をどう運営していくかという統治体制について常に株主は注視しており、不祥事が起きない・起きにくい体制にする事を株主は株主総会などを通じて会社に求めています。

少し話が逸れますが、以前にもアート引越センターの上場の件で取り上げましたが、そもそも株式上場するにあたってこのガバナンス体制がしっかりしているかという点について証券会社や監査法人、行政官庁などから厳しくチェックされます。言い換えますと、これらのチェックを通過しないと上場出来ません。それくらい重要な事なのです。ですが、それでも上場審査を通過する様な組織体制が整えられ、規定集もきちんと整備され、稟議制度もあり、会議など合議制をとっているはずの上場企業においても実際に不祥事は起きています。

この事からも結局大事なのは以前からお伝えしている通り、取締役も含め経営者の倫理観なのです。上に立つ者が「自分だけは絶対に悪いことはしない」、「決められた事はきちんと守る」という事を、社長から副社長、役員、部長クラスに至るまで倫理観を持っている事が重要なのです。どれだけ立派な会社組織や規定、体制を作っても結局最終的には経営者の倫理観が重要で、この倫理観を除外して上場会社のメリットが何かを論じてもしょうがないと私は考えています。今回は一般論として、ここまでお話してきた4点が上場する事のメリットとして挙げられるという事についてお話をしてきました。

次回は今回の裏返し、つまりデメリットについてお話をしていきたいと思います。
以 上