第127回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和6年3月19日

株式上場のメリット・デメリットについて(6)

これまでアート引越センターの寺田氏が「私の履歴書」の中で語った同社が上場した際のエピソードから、株式上場のメリット・デメリットについて触れてきまして、前回はデメリットについてお話をした訳ですが、今回でアート引越センターの話は最後になります。

「私の履歴書」で寺田氏は上場後の社内の様子を綴っており、寺田氏が具体的にどの様な決断を下したかについて、今回触れていきたいと思います。結論から言いますと、あれだけ苦労して上場したものの、結果的に非上場に戻す事になったのです。上場するには費用や労力が莫大に掛かるという話をしてきましたが、非上場に戻すのにも膨大なエネルギーや資金が必要となります。しかし、それでも非上場に戻す事を寺田氏は敢行した訳です。では何故その判断を下したかについて、今回触れていきたいと思います。

実際に上場してみると、法律で義務付けられている文書作成や事務作業、情報開示等、定められている事を正確に注意深くしなければならない業務が増え担当者が忙しくなり、上場により引き締まった雰囲気にはなったものの、反面では社員が下を向いて仕事をしていて笑顔を見る機会が減り、幹部や社員と話をしても夢を語らなくなったそうです。上場前にはあった社員みんなでやってみようという様な雰囲気や柔軟性が損なわれたと寺田氏は感じ、アート引越センターにとっての上場した意味について思うところがあったそうです。

その他にもアート引越センターは引っ越し業、物流に係る事業を営む企業です。日本の人口減少や世帯数の減少により、引っ越し自体が減少傾向にあり、業界内での競争が激化しており経営環境としては厳しいという判断をしていたそうです。その為、会社の将来を長期的に見て経営の多角化等を目指す事にし、IR説明会でもそういった事の説明を行ったそうですが、その時点での収益性等において理解を得る事が難しいと感じた事もあったそうです。

寺田氏は「私の履歴書」の中で株式上場について、「株主にはアート引越センターのファンになって頂き、株主が増える事はつまり自社のファンが増える事、株価は業績の通知表の様なもので、業績を上げれば株価が上がると思っていた。」と綴っておりますが、実際はそのような単純なものではなく株主からの反応からは収益性を求められているとも感じたそうです。

その他にも費用的な問題もあったそうで、上場維持の費用も莫大なものだったとも綴られていました。上場維持費用については、私の経験談を基にお話ししたいと思いますが、具体的にどの様な費用が掛かるかについて、以前にもお話した事があったと思いますが、今回改めて挙げますと、先ず株主総会の運営費に係る費用、監査役や監査法人の監査費用、弁護士や公認会計士の顧問料や年間上場料、情報開示書類の作成費用や株式事務に係る費用等があります。社内でも専門の担当部や課を設置し、株式に関する専任担当者を配属していた筈ですので、その人件費も掛かっていたと思います。しかもこれらの人員は間接部門つまり直接企業の利益に結び付かない人員であり、生産性が高いとは言えない人件費だという点も重要です。私の個人的な見解ですが、アート引越センター規模の企業の場合ですと年間2~3 億円程度のコストが掛かっていた可能性があります。つまり株式上場した事でこれだけの額がコストアップした訳です。こういった事もあり、寺田氏はアート引越センターにとって、上場した意味や上場のメリットが分からなくなり、密かに上場廃止を検討し始めたそうです。

上場を取り止めるとなった場合、一般的な手法として公開買い付けによるMBO(Management BuyOut)をとる事が多い訳ですが、これを日本語に訳するとManagement=“経営陣”、BuyOut=“購入・買い取り”となり、「経営陣による買い取り」と訳する事ができます。話が逸れますがMBOと似たような言葉でTOB というものがあります。これはTake Over Bit の略で日本語に訳すると「株式の買い取り」となります。この二つの大きな違いとしては、株式の買い取りを経営陣が行うのがMBO で、第三者が行うのがTOB という点です。話をアート引越センターの上場を取り止めた件に戻しますが、アート引越センターの上場廃止はMBOの手法により行われました。このMBO には膨大な費用が必要になります。なぜ膨大な費用が掛かるかという点について簡単に説明します。例えばA 社の公開されている株式の現在相場が1,000円だとします。A 社がMBOにより株式を買い取りするとなった場合に相場通りの1 株1,000 円で株主が売る事は殆どありません。その為、例えば1 株1,200円で買い取りをすると公開し株主へ買い付けを行う訳です。それでも株を売ってくれない株主がいた場合は、更にその額を1,300円、1,400 円…と上げていく事になりますが、あまり上げすぎると最初の段階で株を売ってくれた株主から不満が出る事になりますので、その辺りの匙加減も慎重に進めなければならず、費用だけではなく労力も掛かります。こういった事からもMBOを行う場合は専門家にそのスキームを相談し、金融機関からも資金の融資を受けながら行う事になります。以前、上場のメリットとして挙げた上場による創業者利益を上回る費用が上場廃止をする場合には掛かる事になります。アート引越センターにおいては、それだけの労力や費用を掛けてでも上場廃止を行う事が会社にとって良い結果に繋がると寺田氏が決断し、MBOによる上場廃止を敢行した訳です。

また話が逸れますが、先ほどMBOと似たものとしてTOBを挙げましたがTOBにも種類があります。皆さんも耳にした事があるかと思いますが、「友好的TOB」と「敵対的TOB」と呼ばれるものです。判り易く言えば「友好的TOB」は買収される側と買収する側が買収される条件等について納得し、同意をしている状態で行われる事で、反対に「敵対的TOB」はそういった同意がなく、所謂企業の乗っ取りであるという事です。日本では比較的「友好的TOB」が多い傾向がありますが、そんな中でもつい最近あった珍しいTOBの事例があります。それは2024年3月12日にTOBが成立したと報道されたばかりの福利厚生代行としてとても有名なベネフィット・ワンへの第一生命ホールディングスのTOBです。各種報道を見るに、このTOBについては当初「友好的」という報道もない状態でしたし、結局友好的であったか敵対的であったか最後まで言及される事がないままTOBが成立しましたが、関連記事などを見る限り最終的には両者間で同意出来る状態になった為か結果的に友好的な方向でTOBが成立したのではないかと私は受け止めています。そして、このTOBに関する記事の中でも挙げられていた事ではあるのですが、株式廃止を行う際の株式の買い取りにおいて、どうしても最後まで株を売らない株主もいます。そういった株主に対してはスクイーズ条項、スクイーズアウト条文というものを設けておく事で対応する事が出来ます。これは判り易く言うと、株主の権利を剝奪する事です。スクイーズアウト(Squeeze Out)とは日本語に訳すると「絞り出す、押し出す、締め出す」という意味で、上場廃止におけるスクイーズアウトとは株主の締め出しを行うという事です。上場廃止の際に最後まで株式を売らない株主というのは少数株主が多く、そういった少数株主から強制的に株式を買い取る事をスクイーズアウトといいます。これを実行するには議決権を3分の2以上所有し株主総会で議決する必要があります。

話を戻しまして、この様にアート引越センターは莫大な労力と費用を掛け株式上場をしたものの、その意義を見失い上場廃止を決断し、また膨大な労力と費用を投じMBOにより現在皆さんもご存じのアート引越センター、アートコーポレーションという非上場の大企業としてあり続けている訳です。最後に寺田氏がアートコーポレーションの経営方針として掲げている言葉を紹介したいと思います。「Small But Excellent」つまり小さくても良い会社、または判り易い一般的な言い回しで言うと量より質という事ですが、「小さくてもいい、優秀な誇れる会社を作っていきましょうね。」という寺田氏が掲げるコンセプトです。これは我々福神商事、福神グループにとっても通じるものがあるコンセプトであると私は考えております。アート引越センターの寺田氏の「私の履歴書」から始まった一連の話の最終回の言葉として、このコンセプトを肝に銘じて、夫々の会社の経営や役割を遂行して頂ければと思います。以上でアート引越センターの寺田氏の「私の履歴書」については、終わりとなります。

次回は倒産の予兆についても簡単にお話をしましたら、その後には法人税についてお話をしていきたいと思っています。
以 上