第91回 安倍内閣の働き方改革の概要について②

前回はこの千年企業研究会(福井塾)で皆さんにお伝えしたい事を振り返ったうえで、働き方改革についてのお話をしました。今回も引き続き働き方改革のポイントをお話していきたいと思います。今日は先ず派遣社員についてお話します。

(1)非正規社員の待遇改善

①同一労働同一賃金

今回の働き方改革の中でも正規社員と非正規社員の格差をなくそうという事が改革の目玉となっています。派遣社員は非正規社員の中でも特に代表的な“非正規社員”と言えます。派遣社員というものがどのような仕組みで成り立っているかについてのお話は致しませんが、何が変わったかというポイントについてお話していきたいと思います。

まずは求職者(甲さん)が派遣元へ登録を行います。派遣元は派遣先の依頼に応じて登録されている人材(甲さん)を派遣し、派遣された甲さんは派遣先で労働します。

・『派遣先均等・均衡方式』

表1

ではこの仕組みの中で何が変わったかと言いますと、同じ業務を行っている派遣先の通常の労働者(乙さん)との格差を無くさなければならないという点です。例えば、乙さんと甲さんが同じ業務を行っていた場合、乙さんの給与が月10万円であれば、甲さんはそれを下回ってはいけないということです。その為、乙さんの給与との格差がないかを確認する方法として、派遣先から派遣元へ比較対象となる労働者の待遇情報を提供しなければならなくなりました。

・『労使協定方式』
表2
上記のような状況の場合、先ほどお話しました『派遣先均等・均衡方式』では、派遣社員の甲さんがA社に派遣される場合と、B社に派遣される場合と、C社に派遣される場合では派遣先が変わる度に収入が変動し安定しないことになります。同一労働同一賃金とはいえ、甲さんから見た場合派遣先が変わる度に収入が変動することに不安や不満が出かねない状態となります。そのような時には派遣元で派遣元の会社の労働者(派遣社員含む)との間に労使協定を結び待遇を確保する方法があります。この労使協定により定めた賃金により派遣社員の甲さんは3社いずれに派遣された際も協定に定められた同一の労働を行う場合は同じ賃金で労務につくことができます。この労使協定では下記のような事項を定め労働者と書面で締結していなければ『労使協定方式』は適用されず、先ほどお話をしました『派遣先均等・均衡方式』が適用されることになります。

ですので、派遣元が『労使協定方式』により甲さんが行う業務に関する賃金を月10万円と協定を締結してる状態で甲さんがC社に派遣された場合、甲さんは月10万円を賃金として支給されることになります。

表3

②『無期転換申込権』

『転換権』という耳慣れない権利を与えるということが今回追加されました。これは非正規社員が同じ企業との有期労働契約の通算が5年を超えた場合、この非正規社員には「有期」の労働契約を「無期」の労働契約に変えてほしい(転換)と申し出ることができるようになり、その申し出により企業側は『無期労働契約』に転換しなければなりません。先程の例に出てきた甲さんの場合、A社で5年間派遣労働をした状態で引き続きA社で派遣労働に従事する場合、次の「有期労働契約」を「無期労働契約」への転換を希望することができ、A社で「無期労働契約」による派遣労働者となることができます。この無期転換のルールにより転換権の行使がされた場合、企業側は拒否することはできません。前回もお話をしましたが、有期契約というのはその期限の満了をもって企業側が雇止めでき労働者から見た場合には不安定な状態に置かれていることになりますが、無期契約に転換することで定年まで勤めることができ安定した状態になります。

また、ここで注意しなければならないのが「無期労働契約」への転換を、「正社員」(正規社員)への転換と勘違いされる可能性があるという点です。つまり「正社員(正規社員)」と「無期契約社員」とでは何が違うのかということですが、「契約社員(有期契約の非正規社員)」で採用した人を、無期転換の申し出を受けたら全員「正社員(無期契約の正規社員)」にしなければならないということではありません。あくまでも契約期間を「無期」にしなければならないということです。では正社員(正規社員)とは何かということですが、全ての企業に当てはまるわけではありませんが、正社員の採用とは特に新卒採用は、採用した何年後にはこの役職に昇進して部下を持ち、更に何年後かにはまた次の職位へ昇進や転勤等を経験し会社の中である程度の役割を果たし様々な責任や経験を積ませ、いずれは会社の中枢を担うようにしたいという企業側の長期的な人材活用・人材育成でもあるのです。

この観点で企業側から見た場合、同じく定年までの「無期契約」であったとしても「正規社員」と「非正規社員」の企業内での果たす役割やそれに伴う転勤や昇進等の異動、責任のあり方が異なります。つまり「正規社員」は企業の人材育成のレールにのり企業経営の中枢を担う人材というイメージです。「無期契約社員(非正規社員)」はこの職務内容や配置変更等を含む人材活用・育成のレールには乗らず、与えられた職務内容に従事していただくイメージです。ですが実力主義の世の中ですから、意欲と能力があれば業務内容や責任の範囲も広がっていくこともあるかと思います。
次のテーマは定年後のお話をしたいと思います。

(2)高齢者の就業を促進する

就業規則に則り定年を迎えた正規社員が非正規社員に変わります。現在の主流は60歳定年かと思われますが、60歳を迎え定年退職をし、退職金が支給され、企業によっては企業年金を受給し、65歳になれば公的年金の受給を受けることになります。ですが、現在は国として65歳まで継続雇用、つまり雇用を確保することになっています。ではどのように65歳までの雇用を保証する対応として、2つの方法が挙げられます。

①60歳から65歳へ定年延長する方法
②60歳の誕生日から65歳まで1年更新で定年再雇用をする方法

この定年再雇用はつまり「無期契約労働者」が「有期契約労働者」になるということです。ですがここでも「同一労働同一賃金」は適用されます。大多数の企業では60歳定年になると再雇用され、給与が定年時より半減することが多いようです。ですが定年後に再雇用された場合に、定年前と同じ仕事に同じように同じ労働時間で従事している場合、定年前と後で同一労働同一賃金を保障しなければならないということになります。ですが定年を境に責任つまり役職を退くことが多いので、その分の役職手当分を減額することは認められるケースが多いです。このように個々の事情を考慮し待遇差が合理的か不合理的かを判断したケースとして「長澤運輸判決」があります。

「長澤運輸判決」は定年退職後に嘱託社員(有期契約社員)として再雇用されたドライバーが職務内容は定年前と同じであるにもかかわらず、正社員(無期契約社員)と比べて賃金が減額されたことについて訴えたことに対する判決です。この時に下記の8点の賃金格差が不服として挙げられています。この訴えに対して最高裁での判決は個々の項目ごとに労働契約法20条違反を検討し判決を下しました。
表4

個々の賃金項目、例えば④住宅手当や⑤家族手当は幅広い年齢層の正社員の生活費の補助を目的としている手当であることや60~65歳までの嘱託社員は老齢厚生年金の受給予定まで報酬比例部分の支給が開始されるまで調整給が支給されることになっていた等の事情を勘案し違反しないと判決され、また賞与も労務対価の後払いや功労報償、生活費の補助、意欲向上等を多様な趣旨を含む一時金としての性質や、④や⑤と同様に老齢厚生年期の受給予定で報酬比例分の支給開始までは調整給を支給される予定であったことや退職金の受給等も勘案しこれも違反しないと判決され、各賃金項目の個々に判断されました。原則として同一労働同一賃金ではありますが、この判決がすべてではなくあくまでも個々の労働条件ごとに判断されるものであるということが示された判決でした。定年再雇用は労働契約法20条に示された「その他の事情」においては目的の第一は65歳までの雇用を保証することであるということを踏まえ不合理かどうかを判断されたと考えなければいけません。ですのでまた違う条件で同様の賃金項目について訴えられたからと言って長澤運輸判決と同じ判決が下されるとは限りません。1つの判例を基準として判断をするべきではないということです。

少し話はそれますが、私の同期でも65歳を超え現役を退いた人がいますが、年金だけで生活できる人はごく一部です。それを考えると雇用を保証されているということがとても恵まれている状態だと思っています。

(3)裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備

長澤運輸判決やハマキョウレックス事件等、待遇について不合理な格差が解消されない場合に訴訟を起こすケースが増えてきています。下記の様な事項について説明責任等を果たさなければならず、このことについてトラブルとなった場合には裁判は費用も時間も手間もかかる為、各都道府県の労働局に訴え「紛争調整委員会による調停」を求めることが出来る様になる「行政ADR」が整備されました。(Alternative Dispute Resolution=裁判外紛争解決)。この制度は無料で利用することが出来ます。
表5

表6
本日はここまでとします。次回は、長時間労働についてお話をしたいと思います。