第126回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和6年1月17日

株式上場のメリット・デメリットについて(5)

前回は株式上場のメリット、デメリットからデメリットの内の1 つ目として株主総会の開催のお話をしました。今回も引き続きデメリットについて、お話をしていきたいと思います。デメリットの2つ目として前回の最後に少し触れましたが、費用面でのデメリット、つまり上場に関わる事でお金が掛かるという事について、これからお話していきたいと思います。

“上場にお金が掛かる”と言われても、どの様な費用が掛かるのかという事にピンとこない方も多いかと思います。1つ1つ挙げていくと細かい話になってしまいますが、これは特に覚える様な事ではないので、どういった事に費用が掛かるかという事を記憶に留めて頂き、例えば株式上場するという場面に皆さんが直面した時にお金の事も心配しなければいけないんだと思い出して頂ければ良いかと思います。

(1)上場する迄に掛かる費用

上場に関わる費用としては、これから上場しようとしている時、つまり上場する迄に掛かる費用、そして上場した後にコンスタントに掛かってくる費用、この2つの費用があります。上場しようとする場合、名称は様々ですが「上場準備室」といったものを社内に立ち上げます。社内のどの様な人が参加するかというと、主要な部、つまり経理部や人事部など業務関係の色々な部からメンバーを招集する訳です。また、「上場しましょう。」となってから実際に上場する迄に大体どれ位の期間が掛かるかというと、標準的なもので2年~3年程度掛かります。もちろん、それ以上掛かる場合もありますし、逆に急いだ場合であったとしても1年は掛かるかと思います。少し上場準備室の役割について触れたいと思います。実際問題として、上場に関わる手続きを全て自前で行おうとしてもそれは絶対に無理です。ですので、上場しようとする場合は夫々の分野における専門家に依頼をする事になります。この時、上場準備室は誰にどういった事を頼むかこれらの事を意思決定する立場になる訳です。

【上場するまでのコスト】
(1)資本金が増えた場合…登記費用・登録免許税等
(2)株式発行費用
(3)申請までの手続き上のコスト
   ①監査法人(公認会計士)の任命・監査、監査費用
   ②証券会社(主幹事証券会社・副幹事証券会社等)への手数料や報酬等
   ③証券印刷会社への支援も含めた印刷費用等の支払い
   ④IPO コンサルタント費用
   ⑤弁護士(リーガルチェック等)顧問料
   ⑥証券取引所への支払い
   ⅰ)上場審査料
   ⅱ)新規上場料
   ⅲ)株式の公募、売出しに係わる諸費用
(4)その他

登記費用や登録免許税等の費用や、株式発行に関わる費用、その他にも手続きに関して掛かる費用が多くありますが、どういうものがあるか挙げていきたいと思います。

まず監査法人への監査費用です。元々監査法人が入っている企業であれば引き続きその監査法人へ依頼する事になるかと思いますが、新規上場を目指す企業の場合は入っていないケースが多いかと思います。その場合は監査法人を選ぶところから始める事になります。余談ですが、これは監査法人ではなく公認会計士を指名しても良いのですが、上場に関わる手続きは1人で出来る様な事ではないので、大体において監査法人に依頼する事になるかと思います。この監査法人や公認会計士も先程お話した様に上場までの2年近い期間、それなりの人数が関わる訳ですから、その期間中の人件費等も含め監査費用が掛かってくる事になります。

次に証券会社を選びます。上場する為には資金調達やスケジュール管理等、様々な事が必要となりますので、それをサポートしてくれる存在として幹事証券会社を選びます。幹事証券会社は1 社だけという場合もありますが、2社、3社…と選ぶ場合もあり、主幹事証券会社や副幹事証券を選定することになります。IPOの噂等が出れば、たくさんの証券会社から売込みがきますが、その中で費用面や熱意、自社に合っているかなど見定めて選ぶ事になります。そうして選定した証券会社も無料で引き受けてくれる訳ではありませんので、これにも莫大な費用が掛かってきます。

3つ目は印刷会社です。印刷会社といわれてもピンとこないかと思います。簡単に言えば手続きに必要な書類を作成すると提出する為に印刷しなければならない訳ですが、それを印刷会社に依頼する訳です。こう聞くと印刷会社は最後の最後にお願いするものだと思われるかもしれませんが、この印刷会社への依頼が意外と重要だったりします。理由について説明する為に先ずは印刷しなければいけないもの挙げていくと、例えば有価証券報告書から始まり、決算書、貸借対照表はもちろんですし、決算短信等、必要書類を全て覚えきれない程多くの書類の作成が必要となります。そもそも上場・非上場に関わらず、どの企業でも日常的に通常の業務に関わる書類の作成については社員が会社のパソコンで書類を作成し、社内のプリンターで印刷しています。同じ様に上場に関わる書類も自分達で作成し自分達で印刷する方が早くて安くて良いじゃないかと皆さんも思われるかと思います。日常業務の場合はそれで問題ないのですが、上場申請するとなると、誤字脱字はもちろん、不備があってはいけませんので書類を揃えるにしても絶対に安心出来る、信用出来る相手に頼む事になる訳です。そして、これは日本の特殊な点だと思いますが、印刷会社にも上場を専門に受ける印刷会社があります。そういった印刷会社は証券会社やなまじの監査法人よりも余程上場に関して詳しいのです。先に挙げた幹事証券会社や監査法人で作成されてきた書類を上場専門に取り扱う印刷会社に依頼すると、一字一句誤字脱字がないか、形式がきちんと整っているか必要事項が揃っているか等を丁寧に見て印刷してくれます。有名なところで言えば宝印刷株式会社ですね。印刷会社ですが、証券会社出身者や銀行出身者、監査法人や公認会計士等を抱え、アウトソーシング出来る体制を整え、IPO に関わる事について相談に乗ってくれる訳です。ただ、この様な印刷会社は印刷するから印刷料を払うという事ではなくノウハウも含め支援を受ける事になるので、費用面でもそれなりに掛かってきます。

その他にも株式上場迄の課題や必要な準備について助言してくれる存在であるIPOコンサルタントの選定も必要です。このコンサルタントも1人だけとは限らず複数の人に依頼することも当然あります。

次に弁護士です。福神商事でも複数の弁護士と契約していますが、上場するとなると、株式上場を得意とする弁護士に依頼する事になります。弁護士も1人とは限らず、複数の人にお願いする事もある為、それなりに費用は掛かってきます。

それから証券取引所への支払いです。証券取引所への上場審査料があります。上場の審査も無料という訳ではないので、証券取引所へ審査費用を支払い、上場審査して貰う事になります。また、新規上場料も掛かってきますし、株式の公募や売出しに関わる費用等も掛かってきます。

今、こうしてざっとお話してきましたが、とても覚えきれるものではないかと思います。上場準備室はそういう専門家に依頼し1年なり2年なり会議を重ね準備を進めていく訳です。

また、上場準備にもある程度手順が決まっています。最初は先ず決算分析を行い、上場に値するのかの分析から入ります。これは公認会計士が分析するだけではなく、証券会社やIPOコンサルタント等が多角的に分析を行います。色々な立場の人が色々な角度から意見を出し合い、上場する為にはどういう事が必要で何を見直さなければいけないか等、各専門家が夫々の立場からその企業を分析し丸裸にする訳です。これが先ず厳しい訳です。以前、上場のメリットとしてお話した通り、株式上場は資本主義社会における資産を作る最大のチャンスです。何故、上場審査がこれほど厳しいかというと、これだけ審査を厳しくしていても詐欺まがいの会社があるからです。どういう事かというと、一旦上場するとその会社は公開企業となり一般投資家からの投資を受ける事になります。上場し株価を釣り上げてから新規上場企業の株の多くを保有する経営者が手持ちの株を市場に放出すると何億という資産が手に入ります。そして資産を手に入れたら、その会社から手を引く、つまり逃げてしまうという事もある訳です。スポーツ選手が契約金という形で大金を掴むというのはサクセスストーリーの1つですが、ビジネスにおいては上場がそれにあたると言えます。株式のシステムは需要と供給のバランスでその株式の価格が変動しますので、上場した企業が伸びると思えば多くの投資家がその企業の株式を購入しようとして供給に対して需要が上回れば株価が上がります。その時に株主が保有する株を放出すると需要に対して供給が追い付いてくる訳ですから、株価は下がってくる、そういう仕組みだという事です。少し逸れたので話を戻しますが、上場する時にとても多くの人が関わり、とても苦労しますし、費用も掛かるという事を理解して頂ければ結構です。

(2)上場した後に掛かる費用

さて、次に上場したらそれ以降は費用が掛からないかというとそうではありません。今度は上場した後の話をしていきたいと思います。

 【上場後、継続的にかかるコスト】
 (1)年間上場料
 (2)法定開示書類、適時開示書類の作成費用
 (3)上場後の株式の公募、売出しに係わる諸費用
 (4)株式事務代行の費用
 (5)監査費用(金商法監査規定に基づくもの
 (6)弁護士費用(開示書類のリーガルチェック)
 (7)その他

先ず、上場していると、その間証券取引所に上場料というものを支払います。これは企業規模やプライムやスタンダード、グロース等、市場の種類によって異なります。

それから、有価証券報告書や内部統制報告書等、法定開示書類の提出が義務付けられています。その他にも証券取引所には適時開示書類の提出が求められていますので、そういった開示書類の作成費用が掛かりますその他にも上場後の株式の公募や売出しには証券会社に対して支払いが発生します。

また、上場すると定期的に監査法人の監査を受ける事になりますが、1人の公認会計士が行うという事はまずなく、複数人で大体1 か月間かけて監査を行いますので、その監査費用が発生します。他にも開示書類のリーガルチェックはもちろん、クレーム等の紛争対応の為に弁護士費用等も発生します。

この様に上場後に掛かるコストもこれだけある訳です。そして株主総会の開催もタダで開催出来る訳ではなく、今挙げた人たちが全て関わってくる訳です。ですから、株主総会は前回までお話してきた精神的な面だけではなく費用的な面でも大変な負担が掛かってくる事になります。

(3)その他のデメリット

株主総会開催に伴う精神的な負担、株式上場前や以降の費用面での負担の他に3つ目のデメリットについても触れていきたいと思います。

この話をするにあたり、先ず始めにお話ししたいのが、非上場の会社と上場の会社でどういう点が一番違ってくるかという事です。それは社員、その中でも特に本社等の間接部門に携わる社員たちの仕事が違ってきます。極端な言い方をすると本社が頭でっかちな状態になっていくのです。

以前にも触れたことがあったかもしれませんが、製造業であれば物を作ることが本業ですし、販売業であれば物を売る事が仕事です。収益を上げる為に物を沢山作る事や商品を多く売る事が企業としての本質で、その為に会社は人材を登用し、設備を拡充していかなければいけません。本来、会社は収益を上げなければならない事からも判る様に直接部門である現場を重視しなければならないのです。

ですが、上場会社になると守らなければならない法令や規定、作らなければいけない書類や資料があまりにも多くなってしまいます。法定の株主総会や取締役会の開催やそういった会議を開く為の準備が必要になり、会議が増え、それに関わる間接部門が増えその為の人員が増えていき、だんだん本社が肥大化していく、つまり資料作り重視型の体制になっていくのです。資料作り重視型になる事自体が問題なのではなく、会社の中で偉くなる人達が本社にいる人や資料を作る事、分析が巧みな人が偉くなっていく傾向が出てきます。資料作り等が重視される事が問題というよりはそれが重視される事で会社として本末転倒になっていってしまう事が非常に多く見受けられるという事が問題なのです。歴史を積み重ねた企業であればある程そのような傾向が出てくるので、ある時期になると必ず「現場優先」や「現場重視」という事を社長就任時に掲げる新社長が現れたりする訳です。こういった事からも逆説的にこの事は上場のデメリットと言えるのではないかと私は思うのです。資料作り重視、現場重視の話は上場の会社に限らず、非上場の会社にも言える事ですが、上場する事でこの傾向が出やすくなるように見受けられます。そして資料作り重視が更に進行すると官僚化してくるのです。官僚が悪いという事ではありませんが、例えば、何か新しい事をしたいとなった時に前例がないからダメだと棄却されてしまうような事があります。「前例がないので承認できません」、「これは上長に聞いてみないと判りません」、「会議で決めないと」と言いつつ、なんだかんだと結論が出ないという事があります。上場・非上場に関わらず、規模が大きくなる程、この傾向がありますが特に上場してしまうと本社が官僚型になりやすく、そして官僚タイプの方が出世する傾向があったりします。相対的に現場で苦労している人が日の目を見ないということがありますが、それではいけません。本社や間接部門に携わる人達は会社本来の目的である収益を上げる事、つまり、現場の人達を思いやり、常に現場の方を見るという姿勢、そういうものを忘れてはいけません。現場重視と言えど、資料作成や分析等の仕事をする人も必要です。ですが、その業務が収益を生んでいるかという観点を持ち、自分のやっている仕事、その中に現場重視という考え方を忘れていないかと絶えず省みる事がとても重要なのです。

その他にも挙げると、多角化経営への遠慮と言いますか、一極集中した経営はそれはそれで良いと思いますが、上場企業が経営の多角化をしようとすると端的に言えば株主からそんなことをして儲かるのかと指摘を受ける事があり、思い切った方針を取りずらくなるという事もあります。それ以外にもデメリットで挙げる事としては、現場重視体制の崩壊は先程お話した通りで、この他に安全志向を挙げたいと思います。これは“向こう傷を恐れずやってみる”という様な精神が希薄になるという事です。この事について、寺田氏が「私の履歴書」でアート引越センターが上場した後の社員の様子について、「社員が夢を語らなくなった」という事を綴っていました。アート引越センターがそれに対してどの様な姿勢をとったかについては次回触れていきたいと思います。

今回は上場のデメリットとして上場すると如何にお金が掛かるかという費用面でのデメリットについて、他にも本社機能がどういう風に変化してしまうか、社員にどのような変化が出てくるかという事等についてもお伝えしました。次回は今回の最後に触れた安全志向に関してアート引越センターでどの様な姿勢をとったかについて触れて寺田氏の「私の履歴書」から始まった話題を終えたいと思います。その後は倒産の予兆についても簡単にお話をしてから法人税についてお話をしていきたいと思っています。

以 上