第 111 回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和 4 年 7 月 20 日

■6. 非上場会社が上場(IPO)する為の準備(5)

前回迄の振り返りとなりますが、「上場するという事になると、本当に苦労します。」という話をしてきました。それは企業の中で、例えば「部」という単位で考えた場合、規模によっては何百という部がある企業もある訳です。基本的な事として、「上場する際に重要なのは経理にせよ人事にせよ、規定等を策定するにあたっての考え方や精神というものは企業経営に関する考え方そのものであり、非常に重要です。」というお話をしてきました。

そして前回は経理部について、どの様な事が必要かという事についてお話してきました。今回は部という単位で見た場合には最後になりますが、(3)総務部について話していきます。総務部が終わりましたら、最終的に(4)ガバナンス体制という問題、つまり不正防止等、上場企業としての企業統治体制の在り方について、上場時に気を付けなければいけないという事について話をしていきたいと思っています。

表1

(3)総務

では総務部についてお話をしていきたいと思います。大抵の企業には総務部がある事が多いのですが、我が社には人事部や経理部はありますが、総務部はありません。(注:福神商事㈱にも機構上、総務部は設けられています。ただし、実務的には総合企画部が対応するケースが殆どです。)その為、総務については少し細かくお話をしていきたいと思います。

総務と人事の関係というのは似ている部分もあります。小さな会社の場合、総務部の中に人事課を設けている事もあります。こういったケースもある総務部ですが、新たに上場するにあたっては、大抵の企業では、総務部の中に株式課という部門を設立するという事です。

これから上場する場合も既に上場している場合もそうですが、株式課とは株主総会の対策をする為にも重要な役割を担う部門です。これまでお話してきました人事部や経理部については、その精神が重要という事をお伝えしてきましたが、総務に関しては、総務部の精神という様なものは難しいと言わざるを得ません。先ずは総務部がある様な企業において、総務部というのはどういう事をしているのか、総務部の重要性について、皆さんに知っておいて頂きたいと思います。

先ず、何故総務部が重要というかというと、1つ目は、多くの場合、社長や役員と直結している部署である為です。総務部の中に秘書課が設けられている事が多いのはこの為です。秘書とは社長や役員の庶務的な事について、ほぼ全てを管理し取り仕切っている訳です。ある意味秘書課の人達というのは自らが社長や役員の職責を担っているつもりで物事を考え、取り組んでいかなければ務まらないとも言えます。細かい事を言えば従業員の給与を取り扱っているのは人事部ですが、役員の報酬やその明細等については秘書課が取り纏めていたりします。

2つ目としては先程も触れましたが、まさに株主対策を取り仕切っているところだという事です。株式課というのは名称も企業毎に様々ありますが、そういう株主対策をする為に設けられており、株式事務を執り行うのが株式課です。この点が今回のお話のメインとなりますが、後ほどお話したいと思います。

3つ目としては社内規定や社内文書の総元締めとしての役割です。他の名称で馴染みがあるかは判りかねますが、文書課というものがあります。総務部の文書課では各種規定集の整備や社内の通達等を取り纏め、社内規定や法律的な観点からその文書が適切なのか?つまりリーガルチェックを担っている部門なのです。上場するにあたり、規程集の整備が必要というお話をしてきた事も併せてとても重要な役割だという事がご理解頂けると思います。

4つ目としては所謂、庶務です。この庶務課という部門が何をやっているかという事ですが、まさに雑務や雑用と言われるような業務であります。企業とは色々な部や支店、工場等がありますが、それらのどこにも属さない様な雑務といいますか、備品や電気関係等、雑多なもの全てを管理するというとても大変な役割です。庶務課の中に更に営繕課というものがあったりする事もあります。営繕というと何かが壊れた時の修理対応等をする事で、例えば机や椅子が壊れた、ガラスが割れた、ドアが開かない、トイレが故障したといった事が営繕であり、つまり庶務課の仕事なのです。普段は使えて当たり前の物が壊れたりすると、凄い勢いで駆け込んできて苦情を言われる訳ですから大変な苦労をする部門です。大きな企業になってくると庶務課ではなく庶務部として独立している場合もあったりします。ですが今回は総務部の中にあるという前提でお話したいと思います。あとは細かい経費の管理も関わってきます。もちろん資金管理的な役割は経理部の担うものですが、細かい備品の管理や小口現金の出し入れ等は庶務課で担当しているケースがあります。随分昔の話ですが、所謂バブル時代、会社から支給されたタクシー券というものがありました。今と違い真夜中まで仕事をしている事がよくある事だったこともあり、終電がない為タクシーを利用して帰宅する事も少なくありませんでした。そこで会社からタクシー券を1冊2冊と束で貰っておいて、タクシーを呼んでいつもタクシーで帰る訳です。今はカードやキャッシュレス決済が普及していますが、昔は現金で払っていた時代ですから、タクシーを利用した時にはタクシー券でチェックを切っていた訳です。例えば、自宅まで4~5,000円だったとして、4,000円と言われたら、タクシー券に自分で4,000円と書いてピッと切って運転手に渡すのです。それがどの様になるのか細かい事は判らないのですが、まわりまわって処理されていたのだと思います。こういった物の管理も庶務課の担当でした。

それから5つ目としてはクレーム対策課というものです。クレーム対策課とは要するに各支店や工場も含め、本社や役員関係というのも当然ありますが企業の中のクレームというクレーム全てに対応する役割で、本当に大変な苦労をする職務で、担当する人には頭が下がる思いです。ですが、こういう事を担当してくれる人がいるからこそ企業も運営出来るという事でもあります。例えばトラブルといっても色々ありまして、普通にトラブルが起きている時もまぁ対応するのは嫌なものですが、ボタンの掛け違いが起きて物凄く怒っている場合や拗れてしまった場合等、お客様を宥めたりするだけでも大変な事です。ですが、1番嫌な事はそういったトラブルにこじつけて、所謂暴力団が介入してくるというケースがあったりしました。そういう事に対応していると、さすがに支店長クラスでも部下にも相談出来ませんから参ってしまいます。そんな時にトラブル対策課の人に相談していた訳です。トラブル対策課には警察出身の人をそれなりに配置していたりしまして、そういう人に相談すると実際の細かい遣り取りは知らないのですが、うまく解決してくれたりしたものでした。クレーム対策課はそういう対応ばかりしている訳ですから、本当に頭が下がる思いでした。その他にも監督官庁の対策課です。これは企業によっては総務以外に設置されている事もありますが、これも今回は総務部に設置されている事を前提に話をしたいと思います。総務部にも監督官庁を担当する部門を置いておくというケースが結構あります。これは私もやったことがあります。金融機関の場合を例に挙げますと、「MOF(モフ)担」というものがありました。“MOF”とは“Ministry(~省)” “Of” “Finance(金融)”つまり昔で言う大蔵省、今だと財務省や金融庁の担当という事になりますが、この頭文字を取ってMOF(モフ)と言い、その対応をする担当者をMOF担(モフタン)と呼んでいました。だいたい監督官庁からくる担当者は有名どころの大学の法学部出身者なんかも多かったものです。ですからメガバンク等の場合は特にそうだったと思いますが、MOF担もそういう官立系大学出身者が対応する事が多かったように思います。

総務というのはこういった事をやっている訳です。大企業だけではなく中小企業でもこういう役割を担う必要があれば総務部というものがある訳です。我が社の場合は総務部がないのでここまで細かく話してきましたが、ではこういった事を我が社でやっていないかというとそうではありません。誰かが何がしかを夫々やってくれているからであって、総務部として纏めてこういう事をしている訳ではないというだけの事です。

話を戻しまして、今回のメインとなります株主総会を担当する総務部株式課について話していきたいと思います。株式課では細かい株式の遣り取りなどもやりますが、総会関係に焦点をあててお話していきたいと思います。総務部株式課の役割である総会対策、その中でも何をやっていたかという事に触れたいと思います。

先ず1番に挙げるならば何かというと、6月29日という日が特別な日付であったという事です。この日付は何かというと、多くの3月期決算の企業の株主総会開催を開催する集中日だったのです。今は総会屋の数が激減した為、その様な事はないので分散してきているのですが、以前は総会屋対策として3月期決算の各企業が一斉に同じ日に株主総会を開催していました。なぜ一斉にやるかというと、一斉に株主総会を開催する事で総会屋が分散する為です。最近だと暴対法によってそういう事がなくなりましたが、以前は総会屋対策等もその役割の1つでした。

少し話が逸れますが、総会屋対策が激変した理由について触れたいと思います。ある時を境に総会屋が激減しました。ちょうど昭和の時代の話になるのですが、昭和56年に商法の改正がありました。それまでは企業によっては総会屋に対する対策費として総会屋に交通費やコンサルタント料等の何らかの名目で便宜を供与するケースもあったのですが、この法改正により便宜を図った方も取り締まりの対象となった為、株主総会から総会屋が締め出されることになりました。つまり便宜を強要されても法律によって撥ね退けることができるようになったのです。総会屋が何をしていたかというと、一番判り易い事は所謂嫌がらせです。少数でも株を保持していれば総会に参加出来ます。その為、総会の議事進行を妨げるような理屈をこじつけたような質問を株主として行い妨害をするといった事もありました。基本的には嫌がらせを受けるケースが多い事もあり、企業としては株主総会に総会屋が出席してほしくない訳です。その他にも事前に企業側に便宜を供与されていた場合はスムーズに進むよう誘導するよう協力するケースもあり、こういうケースは与党総会屋とも呼ばれていました。過去には新聞等の報道があったこともあり、私も覚えていますが、当時の第一勧業銀行で暴力団が介入してきて大変になった事もありました。つまり総会屋に株主総会が食い物にされていたのです。当時の株主総会に関わる状況は、株主の平等の原則にも抵触する部分もありましたし、株主が意見を出し合いコミュニケーションをとるという本来の形ではない状態だった訳です。これではいけないという事で、昭和57年に施行された商法改正だけではなく暴対法、つまり暴力団対策法が平成4年施行され、取り締まりが強化されていったのです。こうして株主総会から締め出された総会屋が激減した事で、総会屋が来なくなった為、株主総会の様相が激変した訳です。

話を戻しまして、総会屋がいた頃も、いなくなってからも株主総会で進行をする社長や役員の立場から神経を使うのは、株主からの質問です。例えば社長が得意とする分野の質問であれば特に問題はないのですが、社長も色々な分野から出世し就任している訳ですから、得意分野と不得意分野があります。管理部門の経験が豊富な社長であれば細かい経理に関わる質問があっても問題ないかもしれませんが、営業部門の経験が豊富で管理部門の経験が浅い社長であれば即答できない場合もあるかもしれません。基本的に株主総会では株主からの質問に対し壇上に上がっている役員の何れかが質問に対し回答出来れば問題ありませんので、社長が担当役員に回答を促す様、議事進行し対応する事もあります。ですが、人によってはそれを「社長なのに答えられないのか」と言う人もいる場合もあります。

ここで少し話が逸れますが、最近の良い例として挙げたいのがauの通信障害の際の対応です。株主総会ではありませんが、通信障害があった際、auの社長が記者会見をした訳ですが、その時の様子について触れたいと思います。auの社長がパネル等を使い、経緯などを説明し、記者からの質問に対しても狼狽える事なく、社長が毅然と質疑応答に応じていたのです。利用者は使えないと当然困りますし、怒り狂い文句を言いたい状況だった訳ですから、解約等の利用者離れもあったかと思います。ですが、偶々私が目にした印象的な内容のSNSがありました。それは「auの社長の記者会見を見ていて、あれだけ素晴らしい社長なのだから、自分はauをやめようと思っていたけれど、やめるのをやめた。あの社長だったらちゃんと対応してくれるだろう。」と言う様な内容でした。普通はあれほどの障害を起こした場合、当然社長が記者会見をしますが、その時に説明が出来ない、記者からの質問にも狼狽えるような様子を見せた場合、更なるバッシングが起きた可能性すらあったかと思います。ですがauの通信障害の際は社長が毅然とした態度で障害発生に対する謝罪と明快な説明をした事で、それを見た人の評価を上げたケースが生まれた訳です。評価を上げるというと誤解を生むかもしれません、通信障害を起こす事自体は決して評価されるべき事ではないので、評価を上げるというよりはau自体の評価を更に下げないようにした訳です。その他にも更なるバッシングを防いだ可能性すらあります。

話を戻しまして、株主総会も同じなのです。壇上の社長を始めとする役員達が堂々とし、自ら後ろ指を指されるような事をせずに毅然とした対応を取れるかどうかが、場合によっては何万人という株主からのその会社に対する印象や評価に影響する訳です。経営者は毅然たる態度でいなければ会社はうまく運営しないという事です。株主総会という1年に1回、形式的であれ実質的であれやる訳ですから、実態としてシャンシャン総会だったとしてもこういうものが1年に1回あるという事で、こういう日があるから経営者はピシッと襟を正すことになる訳です。
本日はここまでとします。次回は引き続き総務の話の続きをしたいと思います。株式課の仕事として所謂株主の“株券集め”についても触れたいと思います。これは何かと言えば51%の株主が賛成してくれるかどうか、51%の株式を占めた者、つまり与党株主が決定権を持つ事になりますので、株式の争奪戦になる訳です。これは大塚家具の例に触れながらお話したいと思っています。その他にも事務的に発行株数をどうするか、今大事なのは時価総額を目標にしているという事、大株主対策の説明や、上場する時に創業者が公開比率をどうするか、上場前にほぼ全ての株を保有している創業者が上場にあたり何割を市場に出し何割を保有するか等について話していきたいと思っています。それが終われば、ガバナンス体制について話をしてきたいと思っています。

以 上