第107回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和4年3月18日

アート引越センターの寺田千代乃名誉会長から学ぶ(5)

これまで何回かに亘って、アートコーポレーションの寺田千代乃氏について、お話をして参りました。前回は会社が大きくなるにつれ、細かく口出しせずに現場に任せる様になる中、社内での不正が発覚し、社長として現場復帰をしたお話をしたかと思います。今日からしばらくは、寺田氏とアートコーポレーションのその後の動きに関連する事として“上場”について、お話をしていきたいと思います。

アートコーポレーションの創業25周年の記念行事を開催した時の事です。寺田氏自身も述懐していますが、反省と挑戦を繰り返しながら迎えた創業25周年の日は朝から少しいつもと違う空気があったそうで、いつもと違うルートで大会議室へ入り、25周年を記念して大勢の社員から祝福の声が上がる高揚した空気の中で寺田氏が「みんなと一緒に仕事をしてこれて良かった。」と話し、「これからのアートコーポレーションは上場を目指す。」と宣言したそうです。これについては元々証券会社等から様々なアプローチを受けていて、メリットやデメリットについて検討自体はしていたそうですが、創業25周年のお祝いの場で「上場を目指す。」と宣言したのは咄嗟の思い付きだったそうです。更に発展する為にも組織力を高め改革するにあたり、上場は社内を引き締め社員一丸となれる適切な目標になるという経営者的な視点と、懸命に働いてくれる社員への感謝の気持ち等様々な思いがあってこの宣言に繋がった様です。

こうして記念の式典の場で宣言し、上場の準備に入る事になりました。上場する為には、様々な事に取り組まねばなりません。社内にプロジェクトチームを立ち上げ、責任者を任命し、主幹事の証券会社を決め、管理体制や情報開示等の体制の整備等すべき事が多々あります。証券取引所の審査に社長面接というものがあります。この時に寺田氏は面接にあたり経営に関する様々な事を体系的に学び、学業では経験していない難関大学を目指して受験勉強をしているような気分になったと述懐しています。

非上場会社が上場(IPO)する為の準備(1)

アートコーポレーションも目指した上場ですが、そもそも上場するには何をすべきか、上場する事のメリット・デメリットについて、今日からしばらくお話していきたいと思います。また、後日触れる予定でおりますが、アートコーポレーションは一度上場したものの、最終的に非上場化する決断を下しています。上場会社というものはなるのも大変ですし、なってからも大変です。そしてメリットとデメリットがあります。今日のところは“上場する”という事が如何に大変かという事をお話したいと思います。

先ず上場の話をする際によく使われるのですが、上場する事を指してIPOと言います。これはInitial Public Offeringの略で、Initialは「始める・初」、Publicは「公・公に」、Offeringは「申し出」という意味の単語で、IPOとは「新規上場」や「新規公開株」という様な意味になります。よく使われる言葉ですので是非皆さんも覚えておいて下さい。非上場の会社と上場の会社とでは同じ“会社”とつくものと雖も似て非なるものです。どちらが悪いという事ではなく、非上場であるからこそ優れている事もありますので、上場する事が必ずしも良いという訳ではない事を理解頂きたいと思います。違いについて簡単に触れますと、非上場は私的なもの、上場は公的なものと言えます。

非上場の会社 …… 私的な企業
上場の会社 …… 公的な企業

非上場の会社で有名な企業としてはかつての出光興産株式会社があります。現在は上場していますが、以前は非上場の日本有数の石油会社でもありました。非上場であったからこそ大家族主義の社風が活きた良い企業でしたし、非上場であったからこそあそこまでのものすごい石油会社となったのだと思います。当時上場していたと仮定すると大家族主義的な施策は取れなかったと思います。何故かというと上場するという事は株主がいるという事になります。その株主は株主総会で意見を言う事が出来るのです。上場するという事はどうしても株主の意見に従わなければならなくなる側面もあるという事です。この事が悪いということではなく、良い面も勿論あります。当時の出光の場合で仮定の話をすると大家族主義的な施策を計画しても、株主から反対されればその施策が打てず企業の成長を阻害するということも起こり得たかもしれません。こういう点を挙げると株主の存在が悪く見えるかもしれませんが、翻って株主から指摘を受けるからこそ企業はルールや規制を守り運営していくという面もあります。このように上場企業における株主という存在は重要な役割を果たしているのです。上場する事で身内的な集まりの企業ではなく“公的な企業”になるという事が、していない場合との最大の相違点と言えます。

さて、上場するにあたり準備しなければいけない事が多くあります。先ずはIPOにもある通り、Offeringつまり申請が必要だという事です。では上場するにあたり、何処に申請しなければいけないかという事ですが、これは証券取引所です。東京証券取引所や大阪証券取引所等、証券取引所もたくさんあります。この証券取引所では上場審査というものがあります。この審査がとにかく厳しいものなのです。

では何故厳しいのかについて触れていきます。株式を公開するという事はその企業の株価の変動によって株主となった投資家が利益または損失を出す訳です。証券取引所が申請してきた企業を審査し、株式を公開する訳ですから当然投資家はその証券取引所の審査結果を信用して取引を行う事になります。ここで問題となるのがこの審査が甘かったが為に投資家(株主)が損失を出す事になってしまうと当然該当企業も市場での信用を失い、最悪倒産する可能性がありますが、その企業を審査した証券取引所の審査結果自体の信用も失う事に繋がるという事です。自らの審査結果の信用を担保する為にも証券取引所は審査を厳しく行うという訳です。

例えばですが、Aという資本勘定100億円の会社が申請してきたとします。証券取引所が審査し認定され株式が公開された後に実はその会社の資本勘定は100億円もなく5億円だったという事が判った場合、投資家は証券取引所の100億円の資本勘定の会社であるという認定を信じてAという会社の株を買い株主になっていますから株主は莫大な損害を被ってしまう事になります。こういう事が起きてしまうと「どうしてこのような会社を上場してしまったのか?」という様な証券取引所への非難は免れません。こういう事にならない様に証券取引所は微に入り細を穿つ審査を行う訳です。最大の難関はこの審査と言えるでしょう。

上場にあたり大事な事をもう一つ上げるとしたら、上場前の会社の所有者(オーナー)についてです。だいたい社長がほぼ全株持っていることが多いかと思います。例えば、B社が上場するにあたり資本勘定が30億円あるとします。資産勘定から負債勘定を差し引いて資本勘定となりますが、例えば所有する不動産物件(資産勘定)の取得時の簿価が7億円だとします。この不動産物件の時価が100億円の場合、差額の93億円が含み資産となります。B社の資本勘定の簿価の30億円と併せるとB社の資本勘定は123億円となるのです。B社のこの資産が妥当だと思う投資家はB社の株を買うことになり、結果としてB社の株の価値が上がり株価が上がります。この様にオーナーが上場前は1億円分の株(1株1千円×10万株)を所有する企業が、上場する事で1株の価値が上がり仮に1株が10万円となった場合は1株の価値が100倍になります。つまり10万株を所持しているオーナーは100億円分の株を持っている事になります。この時、オーナーが所有する株を譲渡して得られる利益の事を創業者利益と言います。この様な事があるので、会社のオーナーというものは起業して成功した場合、上場させる事を目指す場合が多いのです。上場する事は企業の社会的なステータスも上がると同時に、オーナーにとって利益が大きいという事が言えるのです。

この様に創業者利益という利益を生む可能性がある企業の上場ではありますが、全ての会社が上場出来る訳ではありません。割合で言いますと0.1%、つまり1,000社創業したうち1社が上場出来る様になり、残りの999社は上場しない場合や出来ない場合もありますが、その殆どが雲散霧消してしまうケースが多いかと思います。例えば資本金1億円で企業した会社が倒産してしまった場合、資本金分だけではなく、取引先からの債権回収や損害賠償請求等、様々な損失というものを負う事になる場合もあります。創業者というものは、創業者利益で挙げた例のようなケースになれば大変魅力的ではありますが、それとは逆の場合の様に莫大な負債を負うリスクも併せ持っている存在なのです。資本主義社会において利益を生み出すという事、つまり企業の価値を高めることが重要なのです。

一例として、アメリカの電気自動車メーカーのテスラについて触れます。皆さんも良くご存じかと思いますが、トヨタやフォルクスワーゲン等に代表される自動車メーカーは基本的には新しい自動車を生産し販売する事で利益を得ます。つまり、大量に生産し販売する事でお金を得る訳ですから、生産台数と販売台数が企業の価値に与える影響として重要な要素になります。これに対してテスラは電気自動車を主力とする企業で近年急成長を遂げた会社ですが、急成長の鍵としては環境問題などに対する世界的な取り組みを基に、これからの将来性を評価される事で企業の価値を高騰させお金を得ている企業だと言えます。新車販売台数で見た場合、トヨタは約1,000万台販売しているのに対しテスラは約1,000分の1程度ですが、会社の時価総額としてみると約34兆円のトヨタに対し実にその3倍以上の約125兆円となっています。単純に言えば、実際に販売している台数(実績)で評価されているトヨタと、これから何台売れるかに対する期待(将来性)で評価されているテスラと言えるかと思います。評価の仕方が異なる訳ですから、これらを単純に比較する事が適切とは言えないかもしれませんが、何であれ、例えばこのテスラの株主が得る利益というものは莫大だという事がお分かり頂けるかと思います。株式市場の原理というのは資本主義の権化ともいえますが、資本主義社会における利益や配当を目当てに資金運用するというマネーゲームにおいて一番その傾向が顕著な部分に大きく関わってくるのが上場なのです。だからこそ企業が上場するにあたり、証券取引所で行われる審査というものが大変重要な役割を担っており、大変厳しいものになっているのです。

本日は商品取引所の審査が厳しい理由についてお話をしてきました。次回は、上場の準備として各種マニュアルの整備が必要なのですが、どのような物が必要なのかについてお話していきたいと思います。