第117回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和5年3月24日

■前回までの振り返り

 前回迄、アート引越センターの話に端を発して、株主が経営者に対して何を求めているかという話をしてきました。株主は精神的なものと実利的なものを求めているという事をお話した上で、前回は実利的な部分の要求は大きく分けて3つあり、1つ目は利益の確保、2つ目は適正配当・利回り、3つ目が健全経営という話をしてきた訳ですが、今回はこの3つ目の健全経営、つまり企業の健全性について、お話したいと思います。この話をするにあたり、8社の事例をお話していきたいと思います。この8社については10年以上前に起こったものから最近に起こったものまで、コンプライアンス違反という観点で企業の健全性を損ねた事件を私の方でピックアップしまして、ケーススタディの形式でお話していきたいと思います。

話は少し逸れますが、このケーススタディにおいて、私が皆さんにお伝えするのは、皆さんがこれから上場企業の経営者になるならないという事ではなく、またこれから事例で挙げる個別の事件について、1つ1つ詳細に研究していくという事でもなく、一言で言えば、「この企業は何に気を付けなければいけなかったのか?」という事さえ皆さんに理解して頂ければ良い、つまり経営者として“どういう事に気を付けなければいけないのかという事を皆さんに理解して頂く”事が目的なのです。このケーススタディを通して皆さんの頭の片隅に1つでも2つでもこの話が残っているかどうかで、問題が起こった時の対応が雲泥の差になるものと思いますので、是非この講義の中で何かを掴んで頂きたいと思います。

■企業の健全性について

それでは8つの事例について話をしていきたいと思います。
個別の事例について触れる前に、これから上げる8つの事例を通して我々が学ばなければいけない事の結論から言いたいと思います。

8つの事例から学ぶべき事
1. 政治家との癒着   ←ダメなこと
2. 独占禁止法  ←注意すべきこと
3. 粉飾決算  ←ダメなこと
4. 暴力団(反社会的勢力)との癒着  ←ダメなこと
5. 労働法  ←遵守すべきこと

こういう事に気を付けなければいけない、つまりこれから話す事例はこういう事で躓いた事例という事です。

そして、これから上げる8つの事例についてはこちらの内容になります。

(1) リクルート社
(2) 大手ゼネコンによる談合事件
(3) ライブドア社
(4) 東芝の不正会計
(5) イトマン事件
(6) 山一證券
(7) 電通のパワハラ事件
(8) スルガ銀行不正融資事件

(1)リクルート事件

それでは事例についてお話していきたいと思います。
まず初めに、政治家との癒着をしてはいけないという事で一番典型的な事例として挙げられるリクルート事件について、お話したいと思います。

1988年の出来事ですので、皆さんが当時お幾つだったかによっては、「そんなこともあったな。」と思う方もいれば、「そういう事があったのか。」と思う方もいらっしゃる事件かもしれません。まずリクルート社について簡単に触れますと、創業者の江副氏が1960年に東京大学在学中に起業した事が始まりです。その会社が大きく成長しリクルート社になった訳ですが、所謂リクルート活動やリクルーター等の言葉が流行り、リクルートと言えば就職活動というイメージが定着しているのはこのリクルート社の就職活動における影響がとても大きいものであったからとも言えます。リクルートというのは一言で言えば、就職活動の支援をする企業です。皆さんも就職活動をする際にはリクルート社のサービスを利用したことがあったり、人材を採用する側としてリクルート社の媒体やサービスを利用した事がある人もいるかもしれません。リクルート活動つまり就職をする為のノウハウなどを伝授して手数料等を頂くという企業なのですが、そんな事で儲かるのかと当時は思われていたのですが、実はこれは凄い着眼点で儲かる事業だったのです。

私も銀行時代の話ではありますが、採用する側としてリクルートと接触したことがあります。何かというと会社案内を作って貰う為でした。就職学生用のパンフレットの出来如何によって応募者の結果が違うという時代でした。当時は文章の上手な人や写真レイアウトが上手い人等、色々な人に手伝って貰い、自分達でパンフレットを作成していたりしていましたが、素人が作成してもそれほど応募者が劇的に増える訳ではありませんでした。ある時300人程度の大量採用を行う事になり、リクルートに依頼すると高額な費用が掛かるのはわかっていましたが、背に腹は代えられないという事でリクルートにパンフレット制作を依頼する事になりました。詳細な価格は覚えていませんが、相当な額の費用をお支払いした事は記憶にあります。ですが、「こんな感じで如何でしょうか?」と見本を見せられた時のその出来栄えにはとても感心した事も記憶に残っています。それはもう全く違うんです。自分達の作ったものとは…。キャッチフレーズにしても、「よくこういう言葉が思いつくな。」と思う様な内容でした。そういう事からも判る様にリクルート社自体はとても収益力のある良い企業でしたから、当然、江副氏もリクルート社を上場させたいとなった訳です。

以前も触れた事があったかと思いますが、何故、起業するかという話をするのですが、その前振りとして起業しても成功する企業の数というのは1〜2%、100社起業すれば1〜2社、良くて3社が成功する程度で、残りの97社は失敗、つまり倒産する訳です。倒産するという事は、創業者は資本金等投資していた資金がなくなり、損をする事になります。それでもこの1〜3%に入ろうとして皆起業する訳です。では、何故そのリスクを背負っても起業するかというと、資本主義社会で財産を築こうとした場合色々な儲け方がありますが、その一つが起業して成功させ利益を得る、つまり創業者利益を得るためです。創業者が一千万円の資本金を投下して起業した会社を成長させ持ち株は100%創業者が持っている企業を上場する際、その企業の時価総額が百億円だったとします。この時価総額はその会社の先行き等を見通して、その価値が決まるのですが、株式上場した際に百億円の価値があると評価されたとして、例えば創業者が持つ株式の50%を売却した場合創業者が得る利益は50億円となり莫大な利益を得る事が出来るのです。

話を戻しますが、こういう事で創業者の江副氏は一攫千金を狙ったのだと思いますが、リクルートグループから企業を上場することにした訳です。私の記憶にある限りでもリクルート社はとても素晴らしい会社で、人材発掘や人材育成という面でとても目覚ましい成果を上げており、リクルート社出身で独立し成功している人は各業界に多く見受けられます。人の採用・人材育成に係る業種だからこそリクルート社は社内においても育っている人材も多くいましたし、また関連会社を含めたリクルートグループにおいては不動産やマンション業界など多角的な経営を進めていて非の打ちどころのない素晴らしいグループ企業だったのです。リクルートのグループ会社も上場するにあたっても問題のない業績を上げていたと思いますし、以前お話したように上場するにあたっての苦労は当然する事になりますが、それだってプロジェクトチームを中心にきちんと社内整備を進める等の苦労をする事で社員が成長できる素地がある企業でもあったと思います。リクルートグループの企業は上場するに値する収益力のある企業だったのですがコンプライアンス遵守という観点から足を踏み外した結果、便宜を図って貰う見返りとして関連会社のリクルート・コスモス社の未公開株を政治家や官僚、各界有力者などに譲渡し、リクルート・コスモス社の株式が公開された時に譲渡者は莫大な売却益を得るという贈収賄事件を起こしてしまったのです。金銭の授受ではなかったものの、利益が得られることが判っている株をそうと知りながら受け取った人が各界に多くいる事が発覚し、第二次世界大戦後の日本における最大の贈収賄事件と言われる事になり、企業イメージも大きく棄損することになりました。

この例のように上場する時に限った事ではなく、何であれ困った事が起きた際に政治家に何とかして貰おうとする、つまり便宜を図って貰おうとするという事は金銭の授受や利益供与等に繋がりやすく、そういうことはやってはいけないことなのです。これは大企業であろうと中小企業であろうと同じです。

(2)大手ゼネコンによる談合事件

(鹿島建設・大林組・大成建設・清水建設等)

次に、独占禁止法違反の事例として、リニア談合事件についてお話したいと思います。
そもそも資本主義社会において、公共事業を落札する為に資本や労働力、技術等によって競争が行われ、その中で優位な者であったり生産性が高い者がその事業を落札することが経済的な効果を生むという観点では競争は望ましいのですが、しかしその反面“企業の利益を最大限得よう”とする企業側にとっては競争は避けたいという面もあります。競争の原理が働いている場合、例えば95億円で落札するのが適正な工事があったとします。本来であれば95億円の費用で済む筈のその費用が、談合する事で落札価格を調整された事により120億円で落札される事になったとします。その場合、国や自治体は25億円多く費用を支払う、つまり税金を多く投じる事になる訳です。

それを踏まえて談合について簡単に説明しますと、企業側としては、談合する事によって談合をしなかった時と比べると高い価格で落札する事が出来る、つまり通常の競争によって落札した場合より利益を得る事が出来る、言い換えれば、発注する側はその分多くの費用を支払い、工事を発注する事になります。また、談合する事で自社が得意とする分野のみ工事を受注し、苦手分野についてはそれを得意とする別の会社に受注させ工事の受注調整を企業間で行う事も出来ますし、事前にどの工事を落札出来るかを知る事も出来、会社側から見た場合メリットが多いのが談合というものです。その結果、リニア中央新幹線事業の工事という国家の一大プロジェクトにおいて大手ゼネコンが結託し受注内容を調整していたという大手ゼネコンによるリニア談合事件に繋がった訳です。

この事件に関して言えば、大手の企業4社は倒産せずに済んでいますが、関わった中小企業や個人個人においてはあまりに影響が大きい結果をもたらす事になった訳です。関わった会社や担当者にも勿論その責任はありますが、一番は経営者の責任ではないかと私は思います。経営者が勇気をもってそういう事をしてはいけない、やってはいけないと言えば本来こういう事は起きない筈なのです。ですが、この談合については、独占禁止法というものが制定される前から、それこそ明治より以前から行われてきており、残念ながら今でもなくならないのが実情です。ある意味日本的なのかもしれませんが、色々な事を寄り合い状態で決めていく風潮もあり、100%なくなるという事が難しいと言わざるを得ないものでもあります。

独占禁止法で言えば、談合の他にも最近で言えばいわゆる「ステマ」、ステルスマーケティングが問題になっています。これは著名人など影響力のある人がSNSなどで「〜〜が良かった」等の一般消費者として高評価のクチコミをしている様な投稿をしている裏側でそのサービスを提供している会社等からSNSで紹介し拡散・宣伝する見返りとして金銭やサービス優遇等の利益を得るという広告表記のない不正な宣伝として消費者を欺く行為であると禁止されています。もちろん自身で料金を支払ってサービスを受けた感想をSNSなどに投稿することは何ら問題ありません。ですが、そういう行為に見せかけて宣伝し利益を得ている場合は独占禁止法違反となるという事です。

本日はここまでとします。次回は粉飾決算についてお話したいと思います。この粉飾決算が我々としても一番気を付けなければいけない事だと思います。今回は利益を得るために政治家と関わってはいけないという事と、同じく利益を得る為に独占禁止法に違反してしまう事例についてお話しました。これらの事例を通して、この2つの事について皆様の記憶の片隅に残して頂ければと思います。

以 上