第102回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和3年9月28日

■労働法に関する総括

これまで労働法について、1年以上に亘って勉強してきた訳ですが、本日が労働法についての最後の講義にしたいと考えており、次回からは別のテーマでお話をさせて頂く予定です。今、別のテーマと言いましたが、これまでの流れから簡単に説明しますと、会社法から始まり、会計学を経て、現在は労働法について話をしておりますが、最後に重要な法人税について、お話をしたいと考えております。ただ、法人税に移る前にブレイクといいますか、閑話休題といいますか、2~3ヵ月程掛けてお話していきたい内容があります。1つはアート引越センターという企業を通して、経営者としての何かを学びたいと思っております。次に倒産企業の話をしまして、更にその後、経済学や経営学の著名人の理論について、掻い摘んでお話していきたいと考えております。その後、本格的に法人税についてお話していく予定ですが、これも1年以上掛かるかと思います。因みにかつては法人税としてではなく、所得税の中に法人所得税としてあったのですが、それが分離し独立したのが今の法人税です。そうした経緯から考えても難しいのは所得税の方です。所得税に比べれば法人税の方が判り易いのではないかと思います。簡単に言いますと、法人税というのは益金から損金を引いたものが所得となり、それに税率を掛ける事で算出するものです。詳しくは法人税についてお話する際に説明します。法人税についてお話した後に所得税にも触れ、一連の会社法から始まった話が一巡したところで、また初めに戻り会社法のお話をしていきたいと思っております。

それでは早速本日のテーマですが、労働法についてこれまで生産性の向上が非常に大事だということをお話してきました。労働基準法等、色々学んできましたが、その中で日本の企業は世界的にみて、生産性という面では後れを取っているという事についてお話しました。では生産性を上げる為に何をするべきかという事ですが、“これをやれば生産性が上がる”という明確な決め手というものはありません。敢えて言うならば、「商売を熱心にする。」という事です。“生産性を上げる”という事について、商売でひとり頭の粗利でみるのか、売上高でみるのかは兎も角として、先ず商売を一所懸命する事が第一ではあります。ですが、日本人も商売を熱心にやっている筈なのに、何故世界的にみて生産性という面で後れをとる結果になってしまったのだろうかという事を突き詰めて考えてみると、3つ程、課題が挙げられます。先程も触れましたが、決め手はないものの、敢えて言えば1つはDX(デジタルトランスフォーメーション)です。日本は仕事に関して、デジタル化が遅れているという事で、以前DXについてお話してきました。最たる理由はこのDX化と言えるのではないかという話をしました。私が仕事を始めた頃は勿論、10年前と比べても格段にスマートフォンやPC等を業務等に利用し慣れて効率化が進んできていると思いますが、それでもまだまだ世界的にみると日本のDX化が遅れていると言われています。皆さん、これからはDX化についてのアップデートを絶えずしていかないと遅れていく事になりますので大変な努力が必要になると思います。つまり、日本が欧米と比べて生産性が上がらない最たる理由はDX化の遅れが挙げられますが、これだけが理由ではありません。例えばアメリカと日本では2倍近い生産性の差があります。この差がDX化の違いは確かにありますが、それだけでこれほどの差が出るかというとそうではなく他の要因もあるのです。そこで2つ目の要因としてお話したのが組織のあり方の違いが挙げられるという事についてもお話してきました。何百社のケースを研究したフレデリック・ラルー氏が提唱した説について触れましたが、日本の企業はトップがいて上位下達が特徴のピラミッド型の組織であるのに対し、アメリカ等の欧米ではフラット型の組織であるのです。ピラミッド型の組織は皆さん想像しやすいかと思いますが、ではフラット型の組織とはどういうものかというと、個人を大事にする自由裁量を許容する組織の事です。個を大切にするという事は自由裁量つまり自由な発想を認め大切にしているので、各自が自由に討論し自分の考えを主張しますし、それを受け取る側もフランクに受け止めている事でそこからの発展性や新たな発想などが生まれ易い土壌があるのです。こういう面はピラミッド型の組織が多い日本では生まれ難い面でもあるので、仕事はもっと自由にフランクにした方が良いのではないかという事で、日本の企業においてもピラミッド型からフラット型の組織への転換が重要という事についてもお話してきました。

今日は3つ目の要因として採用のあり方についてお話したいと思います。

ピラミッド型やフラット型の組織についてお話してきましたが、この組織のあり方の違いはそもそも採用の仕方が違う事にも起因するのではないかという事についてお話したいと思います。まず採用の仕方については大きく分類すると、メンバーシップ型とジョブ型があります。一概には言えませんが、どちらかというと日本はメンバーシップ型が多い傾向があり、アメリカはジョブ型が多い傾向があります。これはそもそも採用に対する考え方、つまり人に対する考え方が根本的に違う点がよく表れているのがメンバーシップ型とジョブ型という採用の仕方の違いとして出ているのです。では夫々の採用の仕方について触れますと、メンバーシップ型というのは日本の大企業の多くが行っている採用の仕方を想像して頂ければ判り易いのですが、学生は卒業後には何れかの企業へ就職する為にも就職活動をし、企業は新卒を定期的に一括で大量に採用する。何れかの企業に応募し受験するのが日本的な「就社型」の人の採用方法です。これに対してジョブ型はアメリカ的な採用の仕方と言えますが、日本とは対照的に、“企業の採用試験”を受験するという意識は日本よりも少ないそうで、“自分の希望する仕事に就く”為に在学中から必要な資格の取得やスキルを磨き、その分野について必要な事を一生懸命に勉強し自分の強みを磨く事に尽力するのです。仮にその職場では不採用になってもまた別の希望する仕事が出来るところへ自分を売り込んでいくのです。そうして採用されても2~3年勤めて更にキャリアを積みその実績を自分のセールスポイントとして携えて次の職場へ売り込んで更にキャリアアップを目指していくという「就職型」の人の採用方法です。勿論アメリカでも3代続けて同じ企業に勤めているというケースもありますが、日本に比べ仕事や職場に対してドライに対応している傾向があります。

またメンバーシップ型は日本の新卒採用された時の事を想像して頂くと判り易いかと思いますが、大量に一括採用されていますが、その際は職種や勤務地が決められた状態ではなく入社してから勤務地や職種、勤務時間などが会社によって決定され採用されてから配属先の業務について学びスキルを身に付けていくのです。私の場合、入社して先ず言われたのが組合に入り経験を積む事でしたし、その後は本店で3~4年程人事に配属され、更に営業店で10年程商売に関する経験を積み、それ以降は再び本店で人事・労務関係に配属され、その後役員になっても基本的な業務の軸は人事・労務関係に携わっていまして、振り返ってみると私のキャリアの柱は人事・労務関係となっていました。私は何も初めから労働基準法などの勉強をしていて人事・労務関係に強いので人事に携わるものとして採用して下さいと入社した訳ではなく、入社後に会社からの辞令に沿って経験を積み、結果的に人事・労務関係の専門職の様なキャリアを積んでいた訳です。こうして日本のメンバーシップ型の採用は、社員は会社に入社してから配属先での経験によって結果的に配属された先の分野においてのキャリアを磨き専門性の高い業務に対応出来る人員として育っていく事になります。勿論本人の希望を聞く事はありますが、それが配属に反映するとは限らない面もあり、キャリア形成の主導権は会社側にある傾向があります。

対照的にアメリカの場合、例えば人事関係部門や経理関係部門に入りたいと採用活動し、採用されたらその部門にずっと所属しているやり方になるのです。私の話に戻りますが、ずっとそういう環境で育ってきた後の2社目の会社に入社した時に一番驚いたのは、2社目でも人事・総務、株主総会や採用などの業務に携わる事になりました。採用に関して驚いたのが2社目(S社)はコース別採用を取り入れていました。営業は営業、管理部門は管理部門、開発部門は開発部門夫々の部門で採用の最終決定権を各部門の本部長が持っていたのです。つまり、管理本部長が管理本部の人の採用の決定をし、営業統括本部長が営業部門の人の採用を決定していた訳です。そして、例えば営業部門において一括で大量に採用した人員の配属先等を営業統括本部長の采配で決定していたのです。こうして採用された人は一旦採用されると余程の事がない限り、各コースから変更される事はないのです。それは部門毎に本部長が採用を決定し人員の配置を行っている為、例えば営業本部長が営業職に就かせる為に採用した営業部の社員を管理や開発等の別のコースへ異動させるという事はあまり認められませんでした。極端な言い方になりますが、営業する為に採用したのであって他の仕事(コース)の為に採用した訳ではないからという事です。これは逆に考えると日本にもアメリカ的な人の採用を実践している会社があるという事に驚いたという実体験がありました。日本的な一括採用のメンバーシップ型とアメリカ的なジョブ型のどちらが良いという事ではありませんが、例えばアメリカ等では学生のうちから自分の専門分野についての意識が高く、知識やスキルが低いと逆に自分が困る事になるので一生懸命勉強していますが、日本はどちらかというと大学に入学するという事が先ず優先され、勉学の他の活動等も経験し自分の専門分野に特化した勉強というよりは広く浅くという印象がある学生生活を経て就職活動を行い、採用され会社に入社していくという流れが多いかと思います。ジョブ型で就職し専門的にその分野に携わっていくという事と、その分野について特に学んでいない状態で就職し採用されてから学んでいく、こういう流れで夫々採用されていますので、採用された時点といいますか、学生の時点で日本とアメリカでは生産性という面で遅れを取ってしまう訳です。スペシャリストの育成という面では日本のやり方はどうしても時間が掛かってしまいますが、だからと言ってジェネラリストの育成という面では日本のやり方が決して劣っている訳ではありません。この様に採用だけではなくて、人の育て方という点で日本とアメリカではだいぶ異なるのです。どちらが良いという事ではありませんが、生産性においてこれだけ顕著に差が出るということはやはり相手の優れた点について学ぶべきかと思います。

労働生産性の向上について纏めますと、結論として決め手はありません。ですが生産性の向上に重要な要素として、DX化や組織のあり方、人の採用のあり方等を挙げてお話してきました。組織のあり方も各国民性などもありますので右に倣えではありませんが、アメリカが良いのであればアメリカのやり方を取り入れれば良いという事ではなく、国民性や環境などを踏まえて自らにとっての良いやり方を自ら考えなければいけません。国毎の話をしてきましたが、日本にも大企業もあれば中小企業もあり、個別に夫々の会社の個性がありますので、各企業の中でも夫々どうあるべきだという具体性を持った改革を自ら考え取り組んでいかなければいけません。労働法等についてお話してきた流れから生産性についてお話してきましたが、最後の纏めとして何の為に労働法を学ばなければいけないかというと、皆さんが経営者になった時に決して忘れてはならない事として、毎回お伝えしています通り、経営者の根幹、根底に流れるものは「社員ファースト」つまり従業員を大切にする経営者でなければならないという事です。その為に最低限守らなければいけない事として、労働基準法などの労働関係の法律違反をしない事です。皆さんが経営者になった時に労働基準法などの違反をさせてまで従業員に何かをやらせようとはしてはいけません。労基法を何故経営者が学ばなければいけないかというと、労基法を違反して社員ファースト等とは言えませんので、まず最低限労働基準法などを遵守し、そこからプラスアルファの労働環境を形成していく事を目指し、その上で従業員が自由裁量などが享受出来る様にし、そういう中で従業員も各自が生産性を上げる為にどうすべきかを絶えず考え学ぶという積み上げがないと何時まで経っても日本の企業の中での生産性が上がっていかないという事になるのです。したがって、経営者が労働基準法などを学ぶ事が必要だとお話するのは私が人事・労務関係の経験があるからという事ではなく、先程もお話した様にやはり経営者は労基法をベースにおいて経営にあたらなければならないという事です。

最後に経営者の究極の仕事についてお話ししますと、それは人材育成です。ですので、私は名誉会長から私が何か話す事で聞いた人が何か目覚める事が必ずあるとの考えから、この福井塾(千年企業研究会)のような場を設けさせて頂いていますし、私は私なりに1つ1つのテーマを決めて会社法や会計学などの知識的なものを話ながら経営者としてどうあるべきかということを繰り返し伝えている訳です。皆さんも経営者となりましたら、部下を抱える事になる訳でその部下をどう成長させるかを絶えず考えて下さい。

労働基準法等の労働法について、これまで色々な角度からお話してきました。何か1つでも2つでも皆さんの中に残って頂ければと思いますし、その根底があれば、皆さんは立派な経営者になる事が出来ると思っております。これを持ちまして労働法関連に関するお話をすべて終わりにしたいと思います。
以上