第116回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和5年1月20日

前回までの振り返り

前回迄、アート引越センターの話に端を発して、株主が経営者に対して何を求めているかという話をしてきました。株主が求めている事は精神的なものと実利的なものを要求しているという事をお話した上で、前回は実利的な部分の要求は大きく分けて3つあり、1つ目は利益の確保、2つ目は適正配当・利回り、3つ目が健全経営という話をし、利益の確保つまり赤字では駄目だという話や営業利益から借入金利を払えない様な企業はゾンビ企業と呼ばれているという事についてお話をしてきました。そして今回は3つ目の健全経営についてお話する予定です。

少し話が変わりますが、この会では皆さんが経営者になった時に経営を間違えない様に、少しでもノウハウとでもいうものを頭の中に入れておいて頂きたいという事で、いつもお話をしております。とはいえ、何も“社長になったから”とか“経営者になったから”という状況においてのみお伝えしている事が役に立つという事ではなく、知識的な面での事ではありますが、私がお伝えしている事は経営の仕方や人間としての生き方にも通じるものがあると思っています。何かこういう話を聞いて自分の仕事にも応用するという観点を持って頂きたいと思っております。この事に関して、つい最近とても感心した出来事がありましたので、お話したいと思います。

過日の社内会議での出来事ですが、会議の第2部において営業部門の本部長や統括部長が中心に会議を行っていた時の事です。統括部長から今期利益を出す事が大事だという事、利益を出す為の当面の目標としてゾンビ企業と呼ばれる様な企業にならない様に2億円程度の利益を上げる事を目標としたいという話をしていました。そこで彼はどうしたかというと、この目標として掲げた2億円の利益について、店舗数で割り振り、そこから更に1年間、つまり12か月間で割った場合、1店舗当たりの月々の営業利益の目標は200万~300万円となるという様に具体的な数字を挙げて、店長達に伝えたのです。毎月約200万円の利益が上がるように頑張って欲しいという話をした訳です。この事を皆さん良く考えて頂きたいのですが、こうしてお話すると、とても単純な話で何が感心する事なのだろうと思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、これはコロンブスの卵とでもいう事だと思いました。前回、私はこの場で“ゾンビ企業にならない様に”という話をしました。けれど、具体的に我が社にとって、どうするべきか等については特に言及しておりません。私が感心したのは、前回の私の話を聞いて、自分の業務に落とし込んでみて、ゾンビ企業にならない為にはどうしたら良いのかと考えて、当面2億円以上の利益があればゾンビ企業にはならないだろうと判断し、その2億円を店舗数で割って、1店舗が毎月200万円程度の利益を出さなければいけないという事を提示した訳です。この計算自体は小学校を卒業していればできるような単純な物です。ですが、先ほども言いました通り、コロンブスの卵で、こういう事をきちんと分析し、判り易い形で明示したという事がまず1つ感心した事です。更に言えば、そこで終わらず一歩進めて、単純に言えば粗利と経費の差額が営業利益な訳ですから粗利を増やす、経費を減らす。この粗利の部分について難しいとは思うけれど、こういう手段で増やして言ってはどうかと提示し、反対に経費として出ていく部分を少なくすれば良いとも考え、ただ“経費節減をする様に”とは言わずに特に大きな経費である電気代と人件費に焦点をあてて、人件費についてはこうしたら良いのではないか、電気代については例えばスーパーマーケットなどで実際に電気代の節減に成功した事例等を踏まえて、具体的な改善の取り組みについての考え方等を提示し問題提起をしていたのです。確かに彼は職務上、粗利や経費についての細かい数字について把握出来ていた部分はあったかもしれません。ですが、そういうデータをうまく分析し、判り易く店長達に示しながら、こういう事をしながら各店舗の営業利益が毎月200万円となる事を目指して欲しいという事を伝えていたのです。

私がこの会の主旨として折に触れお伝えしている事は正にこういう事なのです。この人を見習えとかそういう事ではなく、私がお話した事が何らかの形で皆さんが自分の仕事の中や自分の生き方の中にあの時の話をこういう形で落とし込めるのではないか、とかこれをああして分析してみようという様な形で活用出来るという事、人の話を聞いて理解し知識として蓄積する為だけではなく、それを実践してみるという事が重要で、正に今回彼がやった事はそれにあたるという事なのです。

ということで、長くなりましたが前回の振り返りがてら話をしてきましたが、本日の本題にあたる、株主が企業に求める要求の3つ目にあたる健全経営について話していきたいと思います。

■7.経営者の力量とは(3)

株主が経営陣に対して求めるものの内、実利的なものとして利益の確保、適正配当、健全経営を求めるという事で話をしてきました。利益の確保についてはゾンビ企業にならない様に利益を出すという話をしました。そして適正配当については、当期利益の何割を配当とするかという話から、日本型では配当の割合を抑え自己資本の充実をしたい企業側の思惑と、アメリカ型では当期利益から配当から高い割合で配当に割り振る事を求める株主側の思惑、つまり企業側は自己資本の充実、株主は高配当という争奪戦が起きるという様な話等をしてきました。

今回の健全経営の話からは少し逸れる事で、前回お話しなかった事でもう一つ“利回り”という考え方についても触れたいと思います。株主は上場された株式を購入する訳ですが、例えば1株1,000円で購入したものに50円の配当があった場合、5%の利回りがあるとも言える訳で、銀行に預けるより良いと考えることもできます。こういう“配当利回り”という考え方もあるということも触れておきたいと思います。

更に付け加えると、“自社株買い”というものもあります。直近で言えば、トヨタが1兆円規模の自社株買いをしていました。何故それを投資家が喜ぶのかという話をすると、企業が自己資金で自社株を購入する事を“自社株買い”と言います。これのどこにメリットがあるのかと思われるかもしれませんが、例えばA社が市場に出回っているA社の株式を“自社株買い”した場合、市場にある株式の総数が減少します。そうすると1株当たりの株式の価値が上がる為、結果的に市場に出回っている株式の株価が上がる傾向があります。上がらない場合も勿論ありますが、理屈的には自社株買いをすれば株価は上がります。これまで配当という事をお話してきましたが、それとは別に、株主によっては株式トレードつまり株の売り買いによる利益を求めている投資家もいます。こういう人は株価が上がると場合によっては莫大な利益を得る事が出来るので、投資家にとって株価の高騰はとても喜ばしい事でもあります。また、こういう株の売り買いで得られる利益の事をキャピタルゲイン(Capital Gain)と言います。このキャピタルゲインもある意味適正配当の一環と言えますので、“自社株買い”をすると投資家に喜ばれる事が多いのです。適正配当には“自社株買い”というものもあるという事を記憶に留めて頂ければと思います。

さて、今日の健全経営についてお話していきたいと思います。つまり不祥事を起こさないという事です。では何故、株主が不祥事を何故嫌うのかというと、不祥事は倒産に繋がりやすいという事、つまり倒産すると株価が0円、つまり価値が無くなるという事を株主はとても恐れるからです。財務内容も勿論重要ですが、利益を出していると思っていたら粉飾決算だった、更に調査すると雪だるま式に他の不正も発覚するという事も実際に起きている訳です。倒産までいかなくとも不祥事が起きた企業の株価は下落する傾向がある事もあり、株主は不祥事をとても嫌います。株主の立場から見ても企業のコンプライアンスはとても重要なのです。そうは言っても企業の不祥事というものは世界的にみても無くならないものです。だからこそ企業にとって健全経営とは不祥事を起こさない事がとても重要で、不祥事を起こさない為にはコンプライアンスが必要なのです。ではこのコンプライアンスとは何なのかと言われても中々説明が難しいと言わざるを得ません。今後の予定の話になりますが、私なりにこのコンプライアンスについてお話する為に反面教師として8社の事例を挙げ、それをもとにコンプライアンスとはどういう事かについて話していきケーススタディをしていきたいと思っています。

1.リクルート社
2.大手ゼネコンによる談合事件
3.ライブドア社
4.東芝の不正会計
5.イトマン事件
6.山一證券
7.電通のパワハラ事件
8.スルガ銀行不正融資事件

こういった事について、これから暫くケーススタディとしてお話していきたいと思います。それに先立って昨年末の日本経済新聞の社説に「企業不正を許さない組織作りを徹底せよ」というものがありました。今日はこの話で最後にしたいと思います。内容としては、2022年の日本経済を振り返ると日本企業の不正が次々と明るみに出た、所謂不正のオンパレード状態であり、それがとても憂慮すべき事態だという主旨で書き出された記事で日経新聞からのある意味警告であり、不正を許さない組織作りを徹底して貰いたいという記事でした。各自決して他人事ではなく自社にその予兆がないか今一度自社に目を向けて今後不正を起こさない様、気を引き締めて欲しいのです。そして同記事には不正の原因は各社で異なるが、共通する部分もあるという事で、その共通点が3点挙げられていました。

共通の原因 … その原因を取り除く努力

1)経営層と現場との意思疎通の不全・欠如
2)公正さを担う人への教育・研修が不十分
3)特に製造業における設備老朽化の弊害
何より最も重要な事として、経営陣が不正を絶対しないという信念
→ 部下に強要しない信念

この3つが共通するものとして紹介されていたのですが、まず1つ目に挙げた経営層と現場のコミュニケーションが不十分である事で、現場でのコンプライアンス違反を見逃してしまったりする訳で、そういうのを見逃さないよう経営層も現場側でももっとコミュニケーションを取るべきであるという事です。

そして2つ目に挙げていた公正さを担う人への教育や研修などの投資が不十分で、そういう不正を予防する為の人材の不足だという事です。この公正さを担う人というのは、言ってしまえば社員全員がそうであると言えます。今後のケーススタディでも触れますが、日本企業でも粉飾決算や労務問題等、様々な問題が取り上げられてきています。各企業内でも日々様々な研修や教育の機会があるかと思いますが、その際に不正を行わない様、社員に対してコンプライアンスや法令順守の意識を持つ様に、経営層は繰り返し何度でも教育する機会を設け、全従業員に対して意識付けする様、絶えず努めなければいけないという事です。

そして最も重要な事としては、経営陣自らが絶対に不正をしないという信念を持つという事です。現場との意思疎通を図る努力をする事や公正さを担う人材の育成に取り組むと言っていても、結局のところ経営陣が不正を許容すればそれらの努力は意味を成しません。まず何より企業のトップが不正を絶対にしないという事が重要です。次回からのケーススタディを進めていくと判るかと思いますが、不正が起きる企業の特徴として企業のトップがそれを許容、若しくは自分は不正を行わなくても部下に強要しているケースが大変多いのです。だからこそ経営陣自らが不正をしないという信念を持つ事が重要なのです。企業のトップが不正を許容している場合、それを部下が注意するというのは中々勇気が必要で困難を伴う事ですし、実際誰もが出来るかというと難しい事だと言えます。では不正を注意出来ない部下のコンプライアンスの欠如について追及するかというと、その前にそもそもトップが不正を許容しなければ良いという事なのです。企業の経営陣とは異なり、その部下達はサラリーマンです。部下達は経営陣の不正を知っていたとしてもその不正を指摘すると失職等の恐れがある為、声をあげる事が出来ません。サラリーマンは給与収入が入ってきますが、生活する為の支出でその大部分が出ていき、手元に残る分はそれほど多くない人が殆どだと思います。サラリーマンが失職で収入が途絶えるという事を忌避するのは当然だと思います。中小企業は会社の上層部が株主やオーナーが務めている事が多い為特にその傾向がありますが、こうして上層部の暴走を止める事が益々困難になるという事例を過去に何件も見てきました。

話が逸れましたが、経営陣は絶対に不正をしない信念を持つ事が重要ですが、更に言えば経営陣は特に部下に不正を強要しないという事も重要です。私も色々な経営陣との遣り取りを経験してきましたが、振り返ってみると、この部下に強要するという事が意外と多いと感じています。ある意味、身につまされる事ではあるのですが、先程も言いました様に上層部が部下に不正をするよう指示し、指示された部下が不正をするのは如何なものかと反論しても、こうしないと利益が出ない、会社の経営が立ち行かなくなると言われてしまえば、部下の方も法律的にはスレスレだが法律をこういう風に解釈すれば通せるからこうしよう、という事を繰り返していく事になります。そうした繰り返しをしていく内にコンプライアンスの意識が薄まり不正に繋がっていくのです。私の経験を振り返ってみましても、こういう部下への強要といいますか、「他の企業でもやっている」や「こうしなければうちの会社はやっていけない」と言って上司が懸念を示す部下を言いくるめてしまう場面というのは結構ありました。自分の経験を振り返ってみても、年末の日本経済新聞の社説に挙げられた原因について本当にその通りだと思いましたし、特に経営陣の姿勢について言及されている点については強く同意したいと思いました。皆さんにもこの内容をしっかりと受け止めて頂きたいと思います。

今回は次回以降の為にこういうコンプライアンスの重要性を前段としてお話した上で、次回からのケーススタディに繋げていきたいと思います。次回はケーススタディの第一弾としてリクルート社の事件を取り上げる予定です。本日は次回からのケーススタディをする上での前段として非常に重要でもあるコンプライアンスについてお話しました。

以 上