第95回 千年企業研究会(福井塾)議事録
■労働法の纏め【組合との接し方について】
これまで何度もお話している様に、経営者や管理職にとって、特に必要な知識は会社法や会計学、あるいは労働法や税法・法人税法といった内容だろうと思います。こういった知識は会社の代表者になる場合には不可欠です。その為、こうした知識を学びつつ、経営者になった時に何に気を付けなければいけないかという事を理解して頂ければと思い、私なりに話をさせて頂いております。
本日は以前からお伝えしておりました通り、組合との関わり合いについてお話したいと思います。「組合」と言うと、皆さんは奇異に感じられると思います。何故なら、現状、弊社やグループ会社には組合は無いからです。それなのに何故組合の話をするのだろうと思われるでしょう。ただ、組合との接し方というものは経営者にとってみると、基本的な考え方として、一人一人の従業員への接し方に通じると思います。弊社には組合がない訳ですから、「組合」を「一人一人の従業員」に置き換えて、つまり経営者においては、「組合に対する接し方」は、「一人一人の従業員に対する接し方」に、管理職においては、「一人一人の部下に対する接し方」に置き換えて、学んで頂ければと思います。
では、そもそも組合とは何の為にあるのかという事ですが、大きく2つの役割があると思います。一つ目は傘下の組合員の待遇改善の為。そして、二つ目は経営に対するチェック機能という役割で、ここが重要なポイントです。
先ずは一つ目の待遇改善についてからお話していきたいと思います。
待遇改善という事についてですが、例えば待遇改善といっても様々あり、賃金改善については春闘というものがありますし、その他の労働時間やハラスメントなど様々な課題に対する改善要求もあります。夫々細かいその要求の方法や時期については兎も角として、組合から会社への要求に対して、「何を言っているのか」と端から否定してしまう経営者も結構います。ですが、そもそも組合は要求するにあたり、何でもかんでも要求しているのではなく、組合内で真剣に論議し、今回はこういう事を要求しようと結論を出して要求している訳です。私の経験上ではその要求には、概ね妥当性がある場合が多く、端から否定しないという姿勢が大事だという事です。ただ、要求の中にはそれは理不尽な要求なのではないかというものもやっぱりありました。このような要求には経営者側も経営者側として論議して意見が一致したら、受け入れられない場合は断固として拒否する姿勢も大事です。また、要求が受け入れられない場合は組合側もストライキなどで対抗するなどの手段をとる場合もありますが、それでも受け入れられない要求に対しては断固拒否の姿勢を貫くことができる強い信念を持ち対応することもまた大事な事です。
2つめの組合の役割としては、経営のチェック機能です。
先ず経営側からの本音として、組合というのは煙たい存在であるというのは否めません。経営のチェック機能を果たしている存在としては様々な機関があります。行政機関もそうですし、警察や裁判所の様な組織もチェック機能を担っていますが、実は組合もこの点に関しては大きな役割を担っているのです。監査役もいますが、経営のチェックという役割においては日本の場合は企業の監査役よりも会社の組合の方がより大きな存在であるのが現状です。この組合の役割について、先ずは経営者自らが認め認識した上で、何故組合はこういう事を要求してくるのかということをよく考え、端から否定をしない姿勢が大事です。経営者に対して、経営の根幹や経営そのものに対する類の組合からの指摘は、端から否定するものではなく、その指摘を真摯に受け止め、よく検討したり反省したりすることで、経営者の暴走やワンマンといったものにならない様にする為の指摘だという事に気が付いた経営者は生き残っていけるのだと思います。経営側がそれに気が付かないと、何時の間にかその企業は経営状況などに不安を抱えることになっていくのを私も色々見てきています。
ということで、組合の接し方について纏めますと、端から要求を否定しないという事と、組合には経営に対するチェック機能があるという事です。特にチェック機能は大事だということを本日は理解して頂き、それを踏まえて、経営者として、どういう心構えでいたらいいかという話を私の半生を振り返りながら話をしていきたいと思います。
話をするにあたり、銀行時代に使っていた自分の手帳を見返していた中で、当時の自分がどういう心境でいたのか等を手帳に書き込んでいたものがありました。そのメモを書いた頃の私の状況としましては、銀行で勤める中で昇進していき、副社長だった時の事です。ある日、銀行の会長から経協議長(経営協議会の議長)へに就くようと拝命ました。先代の経協議長は10年も努められた方で経営側からも信頼され、組合員からも尊敬される大変な人格者とも言える様な方の後任でしたので、その時に組合の運営の難しさ等、相当なプレッシャーを感じたものです。当時の私が経協議長に就くにあたり、自分の基本的な組合に対する処し方を4原則として書き留めた当時のメモがありましたので紹介したいと思います。
4原則
1.組合員の人格を尊重する
2.組合員は各々にプライドがある
3.組合の要求の本質を考える
4.仕事の中枢 業績と人事(人に関すること)は仕事の両輪である
従業員一人一人に接する時にこういう姿勢で接するのが大事なのではないかと思い、ご紹介させて頂きましたので、是非、皆さんが経営者になった時、あるいは管理者の立場になった時の考え方として肝に銘じていただければと思います。本日お話したかったことはこの4原則に尽きると思います。
組織の一つとして組合があるとどうなるかと言う事について話をすると、よく言われているのですが、経営組織は縦の糸、組合の存在は横の糸と言われています。布は縦の糸だけでも弱く、横の糸だけでも弱く、縦と横の糸があるからこそ布は強くなり機能を果たせるようになるように、組合も企業においても経営と組合でバランスを取りそれぞれの役割を果たすことで企業経営が為されていきます。
私見ですが、このバランスが崩れた状態になり、苦慮している例として挙げたいのがN自動車です。皆様のご記憶にもあるかと思いますが、同社はカルロス・ゴーン氏から離れ、今はルノー等と提携しているようですが、トヨタ自動車と比較すると、一時縮まったかに見えた業績の差がまた広がっているのが現状です。この違いは何かと言うと、私はその一因は労働組合の違いではないかと思っております。長年に亘り、新聞の記事や経済紙等の記事などにより知った事を基に思った事をお話しますと、以前N自動車には故人ではありますが、Sさんという方がいらっしゃいました。この方はとても有名な方で、当時の労働組合の委員長でN自動車のドンと呼ばれた方でした。組合の委員長でありながら経営者のつまり社長の人事にまで関与していたからです。その他にも海外に拠点を設け進出するのに何処の国にするかを検討していた時に経営陣の意見が二分したそうですが、この方の鶴の一声で決定されたそうです。また国内の村山工場の採算が合わない為、経営陣が閉鎖しようとしたところ、労働組合が反対し最終的にSさんが閉鎖を許さなかったということがありました。経営陣がAといっても労働組合がBといえばBとなってしまう、そういう企業体質が影響し、トヨタ自動車と比べ競争力が落ちていったのです。こういう事の積み重ねにより経営陣がみな退陣する代わりに誰か凄腕の経営者に率いて貰おうとして、既に数々の実績があったカルロス・ゴーン氏が選ばれた訳です。就任したカルロス・ゴーン氏が早々に手を付けた中に村山工場の閉鎖がありました。やはり組合の反対はあったのですが、カルロス・ゴーン氏が剛腕をふるい村山工場は閉鎖され、徹底したコストカット等を断行する等、その後次から次へとゴーン改革を進めていき、見事にV字回復しトヨタ自動車との差を縮めていったのです。V字回復した結果経営状況は大変改善された代わりに労働組合の影響力は大変縮小されたのです。
弊社やグループ会社は組合が必要となるような企業規模ではないですが、上場企業の場合などは経営の根幹をなすものに労務管理・人事管理があります。ですので業績管理と人事管理は車の両輪、人事管理はつまり組合管理です。経営者だけではなく組合も暴走させないということが重要です。
これまでお話をしてきて、概要はお判り頂いたと思いますが、最後に本日のポイントを2つ挙げますと、弊社やグループ会社のように労働組合のない会社の社長になる場合には、組合がないからいいやではなく、1つは経営者としての倫理観や責任感、もう1つは労働者の待遇改善など含め自身が労働組合の委員長のつもりでその役割を果たすつもりで社長になることが大事なのです。具体的には組合がない訳ですが、組合なんか必要ないからこんなこと勉強しても意味がないという事ではなく、組合がないからこそ、その機能を誰が果たすかと言うと、社長自らが組合の委員長のつもりで経営にあたるという事が出来れば、どの様な企業の社長に今日なる事になったとしても、その任を全うできると思います。逆に知識や技能等が豊富で能力がどれだけ高くても従業員の事を考えられない経営者は過去にどれだけ実績があったとしても社長は務まりません。そのことをよく理解して頂きたい事と、これは皆さんが社長ではないから関係ないではないということも判って頂きたいのです。卑近な例で言いますと、店舗の店長はある意味一国一城の主で、その店舗の社長的な役割なのですからこの考え方の本質を理解し応用して店舗運営をして頂きたいですし、一つの部門の責任者や中間管理職であっても同様で、部長は部長として、課長は課長として、その部門や部下を管理していくことが重要です。このことを踏まえ、私が何故皆さんに組合の問題をお話していたかをご理解頂ければと思います。
次回は一般的な労働運動の在り方についてお話ししたいと思います。その次に残業問題に対する本質的な考え方についてお話ししていきたいと思います。