第121回 千年企業研究会(福井塾)議事録

令和5年7月20日

前回までの振り返り

皆さんが、社長になった時に何かしらのお役に立てる様に、「そういえば、そんな事言ってたな。」と少しでも頭の隅にでも引っ掛かってくれればという思いで、同じ様な話を繰り返している訳ですが、今回も全く同じ話をしたいと思います。

何故こんな同じ様な事を繰り返し話すのかといえば、やはり、これが1番大事だと思うからです。

アート引越センターの寺田氏の「私の履歴書」の中で、企業を上場させるという事はとても難しく、とても苦労されたという事を書かれています。上場企業になると、やはり株主の目を意識せざるを得ません。実際は株主だけではありませんが、株主の目を意識した時に、株主が1番嫌う事は何なのかという事について、前回まで繰り返しお話してきました。それを通して世間一般的に、社員も経営者にとってもそうですが、1番大事な事は何なのかという事をお話してきました。

繰り返しになりますが、株主が1番嫌な事は何かというと倒産です。その倒産の中でも特にコンプライアンス違反での倒産。これはもう財務諸表がどうだという以前の問題で、何故そんな事をするのかという事になり、株主が1番嫌う不祥事と言えます。この不祥事について、以前からケーススタディとしてライブドアと、東芝と、山一證券の3社を取り上げてきました。そして同じ様な要因による不祥事である事についても触れ、つまりは経営者のコンプライアンス、倫理観が非常に大事だという事をお話してきました。今回この企業の倫理観についてのケーススタディとして、スルガ銀行を取り上げますが、不祥事に関するケーススタディ的な事は今回のスルガ銀行が最後になります。そして不祥事について取り上げてきた話全体の根底に流れてるものについて、もう一度復習して、次に進みたいと思います。

次は寺田氏の「私の履歴書」の話に戻り、アート引越センターが上場した後どうなったかと言う事について触れていきたいと思います。以前にもお話しましたが、上場会社にはメリットとデメリットがあります。アート引越センターも上場しましたが、上場会社になったからといって、決して上場によるメリットばかりだった訳ではなく、逆に社員が喜々として意欲的に働けていないというデメリットがある事に気が付き、上場を廃止してしまったのです。上場企業としてのメリットもあったのではないかと思いますが、それよりもデメリットが多かったと、寺田氏は判断し、非上場企業へと戻した訳です。その辺りの経緯は非常に重要な事なので、丁寧に、お話してきたいと思っています。

企業の健全性について(5)

それでは今回はスルガ銀行の不祥事についてケーススタディを行っていきます。このスルガ銀行の不祥事は比較的最近の話といえますが、もう10年程は経つ事件です。皆さんも社会人になっていた頃に起きた不祥事ですので、新聞や雑誌、テレビ等のメディアで取り上げられていた事もありご存知の方も多いかと思います。

このスルガ銀行で何が起きたかという事について触れたいと思います。私は銀行での勤務経験がありますし、かつては私も経営者の端くれでした。そうした経緯もあり、この不祥事が起きる前のスルガ銀行についても競合他社という事から、ライバルの分析をしておりましたので、よく知っていた訳です。その頃のスルガ銀行の評価がどうだったかと言うと、とても優秀な地方銀行、もう唯一の優秀な地銀だと言ってしまっても過言ではないというものでした。何が優秀かと言うと、地銀なんですが、とても収益が高いんです。我々の様に銀行経営をしていた者にとって、なかなか収益というものは上がらないものだったのです。収益を上げる為に非常に苦労していました。同じ銀行業ですので「スルガ銀行を見習え。」と、「あんなに収益を上げてるじゃないか。」と言われたものです。何故スルガ銀行はあんなに収益上げてるのか、どうして、うちは儲からないんだと、当時は経営者から発破をかけられたのを昨日の事の様に思い出します。話は逸れましたが、それぐらい、スルガ銀行は優秀な、優良な銀行だった訳です。

私もその後に色々な経験をしてみて、今は収益が良い、悪いを聞いても、「あんな良い銀行見習いたい。」と言いつつも「何か影でやってるんじゃないか。」と穿った見方をしている部分もあります。当時のスルガ銀行のケースでいえば、同じ銀行業で、関東と中部圏内という様に地域性があるにしても同じ日本国内のお客様、日本という国では同じで、地域、立地などを考慮しても条件は同じ様なものです。そして、我々だって真面目に一生懸命やっていて、それでこの程度の利益なのに、他方でスルガ銀行は自分たちの倍以上の利益を上げている。スルガ銀行は非常に収益が高かったのです。当時は、「すごいな、どうやってるんだろう。」とその手法を探ったものでした。そうして、何か知らないけれど、やはり上手い遣り方をしているのだなという事を思ったものでした。当時はそういう風に思った訳ですが、その後、不祥事が発覚し、その手口が明らかになった際は「なるほど、そういう事をやってたのか。」となったものでした。その手口については数多くあり、1つ1つ挙げるとキリがありませんので、幾つか手口をピックアップし、概要だけ触れていきたいと思います。

不動産の収益物件の取引を例にしますと、物件を購入したいお客様がいて、販売する不動産会社がいる、その仲を取り持つ形で仲介業者がいる形になります。お客様が商品を受け取る為には支払いが必要ですので、銀行に借入を申し込み、ローンを組むという様に金融機関から融資を受ける事もあります。この融資に関わる事についても不正があり、手口が明らかになった際は“そんなことあり得ない”と思う様な事をしていたのです。

この不動産物件の価値は一定の価値基準があり、それを基に各社で適正な価格を設定する事になるのですが、競争の原理の働きにより本来は適正価格となる筈です。ですが、この物件の価値を不正に定め、近隣の相場から大きく乖離した高い物件価格を設定していたのです。銀行だけで出来るものではありませんので、仲介業者なども巻き込み、こうして不正に得た利益を所謂ピンハネしていたという手口が一つ。その他にも不動産物件という高額な物を購入する為にお客様は融資を受ける事になる訳ですが、お客様への不適切な高額融資を行っていたケースもあります。これは例えば“全額融資します“とした場合です。実際に全額だったかは判りませんが、銀行業に携わったものとして、高額融資はとてもおかしな話なのです。融資の額について触れていきますと、その物の価値と言いますか値打ちとして判断された「価額」というものがあります、時価というと判り易いかもしれません。そしてこの「価額」を基に金融機関はその物件に対して「評価額」を算出します。この表価額は「価額」を100%とした場合、その80%程度で設定されます。更にこの「評価額」から「担保価格」を定めますが「評価額」の70%程度で「担保価格」が設定されます。こうすると当初の「価額」からみると「担保価格」は56%となる訳です。本来はこうして算出された担保価に見合う額の融資を行うべきなのです。ですがスルガ銀行では「価額」その物を融資しますよ、つまり融資額=「価額」100%となり、頭金も不要ですのでお客様に喜ばれるという事をやっていたのです。ですが、金利は例えばその当時は1%が相場だったところをスルガ銀行のローンは金利を3%でやっていますという様に設定し、お客様の金利からは3倍の利益を得ていたという様なことをしていたという訳です。

これはまだ氷山の一角で、その他にも、融資するにあたりお客様の返済能力を超過する融資を行っていたケースもあります。例えば500万円の年収があるお客様について、大体年収の20%~30%が返済可能な額として1年間での返済額を20%の場合で100万円、30%だと150万円を元本返済出来ると想定します。金利の話等をすると難しくなりますので、今回そこは無視します。1年間で返済可能な金額100万円だとします。住宅ローン等は20年から30年で組むことが多いので、100万円×20年だと融資出来る限度額は2,000万円、30年だと3,000万円となります。1年間の返済可能な額が150万円で30年のローンを組んでも4,500万円、これ程度が限度だと言えます。それを年収500万円のお客様に対して無理して借りられるでしょうという事で年収の50%、つまり年間の返済額が250万円、20年のローンを組むと5,000万円、30年のローンを組むと7,500万円融資してあげますという事をしていた訳です。また、この良い物件を是非購入しましょうと本来5,000万円程度の物件に対して7,000万~7,500円で融資するという事をしていたのです。しかも担保価も全くないのです。私も先輩方からはせいぜい年間の返済額は年収の2割位にとどめ、その範囲内で買える物件にした方が良いし、こんなに良い物件があると言われてもお客様の返済能力を超過する物件を買おうとしているならばそれは無理です、もう少し収入が増えてからお越し下さいとお断りするのもお客様の為だと教えられたものです。この様にお客様の事を考えたら金融機関としてはお客様の為にも断るべき融資も、お客様の返済能力等は度外視して融資していた訳です。

また、その他に何をしていたかというと、お客様から提出頂く源泉徴収票、これを銀行員が改竄していたのです。年収500万円のお客様の源泉徴収票を700万円位に改竄し、年間の給与額を変えたら、当然社会保険料や所得税等も変わりますので、そこも毎回計算し帳尻が合う様に改竄し、偽造していたのです。こうしてお客様自身のあずかり知らぬところで偽造された源泉徴収票で審査を行い、担保価も無視し融資をするという事も行っていたのです。

他にもアパートや会社の寮で使用する賃貸物件等でも相場と大きく乖離する家賃にする等、利益を得る為に他の企業と帳簿の改竄や決算書の偽造等を行い、共謀して不正に手を染めており、個人を相手にするよりも企業を相手にした方が利益は多くなりますので結果的により多くの利益を不正に得ていたりした訳です。

ごく一部を挙げただけでもこの様に様々な不正に手を染めていた訳ですが、では何が問題だったのかというところを整理したいと思います。今回ここまで色々な手口があったという事で手口についてお話してきましたが纏めると、先ず1つは組織的な不正であったという事です。本部や役員も容認し組織ぐるみでやっていたという事です。2つめは融資額を増やす為に行員へのノルマを課した事。3つめはその行員1人1人が目指すべき融資量の目標等、ノルマ化する訳ですが、これを恐怖政治・恐怖経営でノルマを強制し、出来ない者は銀行を去れという様に恐怖経営を組織的に行った事です。個人的には当時のスルガ銀行の労働組合はどうなっていたのかと興味を抱かずにはいられませんが、それくらい組織ぐるみでの不正を行っていたという事でもあります。

一時的には確かにこれで儲かる事は儲かると思います。ですが、この様に実態を無視したノルマの設定やパワハラともいえる恐怖経営等にみられる法令順守意識が欠如した行いにより利益を上げている状態が続く訳もなく、不正が発覚し事件となったのです。事件について各種報道やメディアで取り上げた内容を見てみると、スルガ銀行は同族経営の銀行で岡野一族が経営陣として指揮をとっていました。社長に兄が、副社長に弟が就き、融資の担当や実務面では弟の副社長が実権を得ていた様です。

最後に細かい事を言うとキリがありませんので省きますが、今回のスルガ銀行も含め4社の共通点について纏めていきたいと思います。逆に言えば皆さんが経営者となった時にはこの点に注意し、こういう事をやると組織はダメになるのだと理解して頂ければ良いと思います。

【企業の不祥事の要因】
1.ワンマン経営
2.利益至上主義
3.経営者の自己保身

企業の不祥事の原因として、直接的な原因、間接的な原因等、様々な原因がありますが、先ず共通して言える事は1つ目はワンマン経営です。ワンマンにもタイプがあり創業者によるワンマンと出世の結果、頂点に立った事によるワンマンがあります。後者は権限を持った時に人が豹変するという事があります。絶対にこのワンマン経営はダメだという事です。2つ目は利益至上主義です。また、先に挙げたワンマン経営は利益至上主義に結びつきやすい面もあります。この利益を追求するあまり不正に手を染める事が多々ある為、この利益至上主義もダメだという事です。3つ目は、ワンマン経営にも通じるところがありますが、経営者の自己保身です。特に上場企業の場合、利益が出ていないと株主から指摘を受けます。株主から声が上がる事が決してダメな訳ではないので誤解しないで頂きたいのですが、上場企業の経営陣者の立場から見ると、折角大企業のトップになった以上、出来ればその地位を降りたくないという自己保身に走ってしまう訳です。自己保身に走る事で色々な不正に結びついていく事が多いのですが、東芝の様に利益が出ていない場合には部下に強要し利益を上げる、今期だけでもいいから利益が上がったことにさせ、帳簿類の改竄、粉飾決算に繋がるという訳です。逆説的には粉飾している企業はその根底にはワンマン経営であったり利益至上主義、経営者の自己保身があったりするという事で、これら相互に絡み合って不祥事に発展していく訳です。

結局これら1つ1つの事を総括すると、大切な事、つまり絶対に忘れてはいけない事は「倫理観」だという事です。そして、さらに重要なのは実際の企業のケーススタディの様に知識として理解する事や机上での知識を得るだけでは駄目だという事です。倫理観に基づいた経営をするという信念を持ち、実際に自分がそういう状況になった時に信念に基づき実践する、実践力があるかどうかという事が何より重要なのです。

経営者になった時、組織には色々な分野についての専門家がいます。ですので、以前もお話したかと思いますが、経営者が全てを知っている必要はありません。自分が詳しくない事については詳しい人に聞けばいい訳です。勿論、知識は無いよりもあった方が良いに決まっていますが、無いからと言って会社を経営出来ないという訳ではありません。ですので、会社経営において一番大切なものは倫理観なのです。この倫理観も“倫理観”だと頭で理解しているのではなく、心から納得し、信念として持ち、しっかり芯をぶれずにいる事が重要なのです。そして、これは経営者だから必要というものではなく、人間として必要なものなのです。この倫理観は生まれてから親や学校など自分を取り巻く人や社会から学び身につけてきたもので、極論になりますが我々は生まれてから身に着けた倫理観を通じて自分自身で経営学を学んでいる様なものなのです。この事はここ何回かの講義を通しての纏めとして皆さんにしっかりとお伝えしたいと思います。知識として理解するのではなく信念を持つ、それが必要なのだという事を強調してお伝えしたいと思います。そして机上でこの様な事を言うことは簡単なのですが、実際に利益が上がらない、業績が上がらない、環境が悪い、色々と悪循環に陥った際にはどうしても倫理観にもとるような行動に走ってしまいがちで、その誘惑に打ち勝つ事はとても困難を伴います。そういう時にこそ自分がどう考え行動するか、それが真の経営者になれるかの分水嶺という事です。

今回は以上となります。次回は以前からお伝えしていた通り、株式上場のメリット・デメリットについてお話をしたいと思います。この話からアート引越センターの寺田氏の「私の履歴書」でも言及されていたアート引越センターの上場に纏わる苦労や、上場後の社内の状況を鑑みて上場廃止をするに至った経緯やそのやり方等についてお話し、上場すべきなのはどういう企業か、どういう企業は上場しなくて良いのかという事についてお話し、アート引越センターの寺田氏の「私の履歴書」を基にした一連のお話を終えたいと思います。その後は、簡単にではありますが、倒産企業の倒産要因についてお話し、その後に法人税に進めて行きたいと思います。

以 上